駅のホーム 駅のホームから見上げる空は白々しいほど眩しかったけれども、オレの心は真っ黒。しょっぱなの中間考査からうまくいかなかった。まぁ、勉強しなかった自分が悪いんだけどさ。獄寺サン辺りに言わせればオレは天然記念物級の注意力散漫らしい。天然記念物級って貴重じゃないのかなぁ?と思うけど、それを言うと頭のいいあの人は怒るから絶対言わないけどさ。同じ制服でいっぱいの電車に乗るのも億劫でベンチに座ってやりすごす事にした。電車が来るたびに人が減ってそしてまた増えて。波打ち際みたいだ。また今年もみんなで海に行くのかな?ツナ達も忙しくなってきたみたいだけど、あの人達は昔からなんだかんだ賑やかだしな。そういえば、もうすぐ梅雨だってママンが言ってた。癖の強いオレの髪がまたまとまらなくなってかっこわるいことこの上ない。やだなぁ。こんな風の強い日はイーピンの真っ黒な髪がサラサラとしてすごく気持ちよさそう。オレも伸ばそうかな?目にかかるぐらいの前髪を摘むけれど、イーピンみたいになるわけもないよね。小さい頃の写真なんてタワシみたいにもじゃもじゃで伸ばすとアレになるなら切らなきゃうん。ママンにまた切ってもらおう。 前髪の向こうの雲を光が透過していてすごくキレイだった。ママンやイーピンにも教えてあげたいぐらいだ。そろそろ洗濯物を取り込む時間だからママンも見てるんじゃないかな?今帰ると、ちょうど夕ご飯の買い出し中かも、と思ってやっと帰る気になった。次の電車を待っていたら女の子達の明るい笑い声がした。振り向くのは男として当然でしょう。固い学ランのカラーがすれるから留め金を外すことにした。 「じゃねー。明日まで二個は最低考えててよ。…ランボ今帰り?」 ちょうど到着した、反対側の電車に乗り込む同級生を見送ってから、イーピンが隣に来た。風が吹いてプリーツスカートがふんわりふくらんで、まっすぐな足がかなり上まで見えた。京子さんやハルさんとは違う、強くてそしてきれいな足だといつも思う。 「うん。イーピン達は勉強してたの?」 「来月の文化祭の委員会の準備」 一年早く入学したイーピンを先輩って呼ばなきゃいけないらしいけど、今更そんな風に呼べなくて今まで通りそのまま呼んでいる。細くて長い三つ編みがおとなしくセーラー服の肩に納まっているのがなんか寂しかった。 「あのねランボ、まだ誰にも言ってないんだけど、私、沢田さん家(ち)出て下宿しようかと思うの」 三つ編みが揺れるのをみつめていたので、今夜の夕ご飯のメニューを言うようなイーピンの爆弾発言をうまく受け止め損ねた。 「大学に行こうと思って。学費を自分で出したいんだ。今までなんとなく居候しちゃってきて、沢田さんもリボーンもずっと居ていいって言うから甘えてきたけれど、来年は18でしょ。自分のことは自分でできるようになろうと思って。商店街の中華料理のお店で住み込みのバイト探してるって張り紙していたから、後で行こうと思うの。まだ沢田さんにも言ってないから内緒だよ?」 オレの頭は真っ白で何も言えなかったし、こういう時、どうしていいのかわからなかった。 ずっと、ずっと一緒にいると思ってた。そうだよ。 「なんで?ずっと一緒にいるんじゃないの?」 「どうしたのランボ。さよならじゃないんだよ。同じ並盛なんだし、学校も一緒だし、もしかしたら誰か決まっているかもしれないし」 そうなんだけど。そうなんじゃなくて。 「それに、ランボもいつかイタリアに帰るんでしょ?」 頭を撫でられた。いつも一緒にいたイーピンが違うところに住むなんて。胸に大きな穴が空いたみたいだった。鼻の奥がツンとしてきた。 去年もその前も五年前も十年前も一緒にいたのに。もしかしたら明日にでもイーピンがあのウチからいなくなるなんて考えたことがなかった。 「なんでそんな顔するの?もう、泣き虫なんだから」 「泣かないよっ」 ボンゴレ10代目になったツナ達は結局イタリアに渡らなかった。だから、オレもイーピン達と学校に行き始めて、時々なんか騒ぎはあるけれど山本さんや獄寺さんに勉強を教えてもらいながら並盛中を卒業した。進学かイタリアに帰るかって話のときも、高校まではいっとくべきだよ、ってツナが言うからそうしたけれど、いつかはオレもイタリアに帰ることになるんだろうか。でも、もう、ママンやイーピンやハルさんや京子さん達と離れて暮らすって想像できなかった。 「すぐじゃないんだから。ほらランボ」 もうすぐ電車が着くというアナウンスに立ち上がったイーピンはオレの背中をばんばんと叩いた。 そのたんびに白いセーラーの上で三つ編みが跳ねた。 「ねぇイーピン。三つ編みほどいてよ」 イーピンがスルスルとゴムを取るとほどけた髪が電車が到着する風になびいた。朝からの癖が少し残っていてウェーブがかかっていたけれど、夕焼けの空にきれいに広がった。その瞬間、オレはストンと理解してしまった。 「ほら」 昔から変わらないように話す幼なじみは、少しずつ少しずつ変わっていた。あまりにも傍にいたから気付かないぐらい、少しずつ。 少しずつでも人は、変わっていって。そして完全に変わったとき、大人と呼ぶということを。 まるで迷子にならないように差し出された片手を、オレは握り返すことができなかった。 その手の柔らかいことやあったかいことを知っている。けれど、半分はもう知らない人の手だった。 そんなこと教科書に書いていなかったよ。獄寺さん。 先に教えてくれれば、こんなに悲しくなかったのに。 ーーねぇ、獄寺さん。 駅のホーム from 「空を見上げる場所での10のお題」 いつだって女の子が先にいってしまうんですよ。あと、ランボの詰め襟萌え?いや、どちらかというとセーラー服のイーピンの脚萌えでした。ちょっとだけTheatre Bの“先生どうしてキスの仕方まで教えてくれなかったんだ”の雰囲気も入っています。 だい。 |