片手に愛を、片手に死を。



 果たして到着した山本家はどこがどう、とわかるものではないが、他の家とあからさまに何かが違った。
「ただいまー。先に風呂入るわー」
 バイクが止まったら速攻立ち去ろうとしたスクアーロの腕を掴み強引に店先に押し込む。
「おう。先始めてるぜ」
 二人を迎えたのは、ボンゴレ嵐のリングの守護者だった。
「なんで!?なんでいるの?」
 今までどれだけもがいても離さなかった手をあっさりと離し、カウンターで手酌をしている獄寺の元へ山本は走り寄った。
「まず、洗ってこい」
 顔先を片手で抑え、スクアーロへは煙草を挟んだ指を軽く振って挨拶をする。そして、カウンターの中へ話しかける。
「な、オレの言った通りだっただろ?」
 剛が魚を切る手を止めてスクアーロへと向いた。先ほど、道場で会った男とはまるで違う。なんて親子だ、と内心舌を巻く。
「山本、オレは次の仕事がある」
「スクアーロ、土産だ」
 カウンターを回って剛が重箱を包んだ風呂敷包みを渡す。
「武がいつも世話になってらぁ」
 どう見てもただの寿司屋の親父の癖に、隙が無い。息子と同じ底が見えないが目前の男からは一本通った揺るがない芯を感じた。「こんにちわー」とおつかいの子供がやってきて、濃密な空気が崩れる。
「剥き身だねぇ。納めんのに苦労するだろ。これからも武を頼むな。あのとーり脳天気すぎるのが欠点だ」
「どっか壊れてんぞ」
「おうよ。それも含めて頼むわ。まだまだ危なっかしいからよ」
 死臭が漂うだろう自分の背中を笑いながら叩く男につきあいきれないとばかりにスクアーロは首を振った。
「スクアーロ、またな」
 山本の声を背に受けて引き戸を閉める。
「てめー、いい加減に着替えてこねーと今夜相手にしねーぞ!」
 獄寺のいらだつ声を聞きながら、獄寺が山本にとっての閂なんだとスクアーロは気付いた。10代目とスモーキン・ボムと。二人がいなかったら、獄寺がいなくなったらあの男はどうなってしまうのだろう。
 いずれにせよ、自分にはあまり関係のない事だ、とスクアーロはそれ以上山本について考えるのを止めた。

 酔っぱらって寝転がる山本は背中に獄寺の寝息を聞きながら、闇夜にぼんやりと浮かぶ自分の掌を眺めていた。
 この手はこれから何をやっていくのだろう。
 マフィアという仕事を選んだ以上、これからも人の死を避けて生きていくことは避けられないだろう。既に何人もの死を知っているこの手は、人を愛するということも知っている。愛することは得ること、死というのは失うこと。スクアーロみたいに潔く死だけを選ぶことはできるのだろうか。片手に愛を、片手に死を。両手に持って生きていくことができるのだろうか。堂々巡りは結論が出る筈もなく。
 今の山本ができることは片手で獄寺を抱き寄せて、両腕で抱きしめること。
 片手に愛を、片手に死を。だけれども、今は両手に愛を。生まれてきたということはそういうことだから。






標的173の表紙でこの二人にやられてしまいました。このお話は、山本がまだ剣豪になっていない頃の感じで書きましたが、もっとスクアーロの孤高さとか鋭さみたいなのを書いていきたいです。なんにせよ、今年も山本の誕生日を祝えてよかった、よかった。そして、ブログでも書きましたが、傷だらけのずぶ濡れで重箱を渡されたスクアーロが不憫だと思いました。クフフ。20080424
だい。






MENU