ローマより愛をこめて かかってきた先方からの電話を切ると、山本は深い溜め息をついた。普段は絶対に吸わないくせに、やたら煙草でも吸いたい気分になる。 そこまで考えて、反射的に会いたくてたまらない顔が浮かび、また溜め息を落とした。 「…もう1週間会ってねぇ。」 落ち込む気持ちをまぎらわせるため、とりあえずアルコールを摂取することにした。 山本は、現在ローマに出張中だ。北イタリアで一番古参のファミリーに親書を渡すために来ているのだが、もう予定を4日もオーバーしているのにも関わらず、いまだに相手ファミリーのボスとの面会は叶っていなかった。ローマに到着し連絡してみれば、急病とかで会えないと言う。出直そうかと思ったが、長くても2日も待てば会えるだろうと思い、待つことにしたのだ。ボスであるツナに連絡してみたら、先方からの詫びを入れる連絡があったそうだ。 「大したことないらしいからさ、山本待ってみてくれる?」 電話の向こうの、綱吉の済まなそうな声に、山本は笑って了承したのだ…。 だが、3日も伸びるとさすがに凹んでくる。元々、動き回っているのが好きな質なだけに、どうしようもない状況というのが辛くて仕方がない。 それに、何よりも愛しい存在に会えないのが寂しいのだ。だが、肝心の相手はこのところ仕事が詰まっているらしく、電話をしても仕事中なのがほとんどだった。 「つらいなー…獄寺ぁ。」 獄寺は、ボンゴレ10代目となった綱吉の文字通り右腕として、辣腕を振るっていた。現在でも時折実行役として外に出るが、どちらかというと綱吉を助けて実務をこなす事が多い。そういう面の仕事にはほぼノータッチの山本は、仕事中と言われてしまうと何も言えなくなったりするのだ。 冷蔵庫から初日に買ってきた白ワインを出すと、ソムリエナイフで綺麗にコルク栓を抜く。鼻先で匂いを嗅ぎ、満足そうに眉を上げた。そのままボルトに口をつけ豪快に煽った。 ――イタリアでワインなんか煽る奴は、呑んだくれか貧乏人だけだぞ。 イタリアに来た当初はそう言って獄寺に呆れられたものだが、水代わりと言わんばかりに飲んでいたら、何も言わなくなった。最も、獄寺本人も水代わりに飲む事があるのだから、これはお互い様というものだ。 初日に適当に6本買い込んだワインは、今飲んでいるものが最後。 「これはなかなかイケるかもなー。」 CINQUE TERREという北イタリアの白ワインは、思っていたよりボディが強くシャープな香りを持っている。これだけインパクトがあると、料理も少し選ぶ感じがする。 「よっしゃ。お土産に買って帰ろう。」 そう口にすると、急に楽しい気分になるから、我ながら現金なものだ。山本はジャケットを羽織り、携帯と財布だけを確かめて部屋を出た。 ここ数日ですっかり顔見知りになったドアマンと笑顔で挨拶を交わし、ホテルを出る。ワインを買ったのは、ホテルにほど近い高級スーパーだ。暇に任せて、毎日通っている気がする。 「ホテルにキッチンもあればなー。」 ――料理でもすればまたストレス解消になるけどなー…って、食べてくれる人がいないか。 また気が滅入って来たので、とたんに声が聞きたくなった。 「3時過ぎか…うまくいけば休憩中かな?」 スーパーの前で携帯を取り出し、慣れた番号を押す。万が一の事を考えて、携帯の中にはボンゴレの本部の番号以外はメモリーしていない。 コール音を数えながら途切れるのを待っていると、聞こえてきたのは無機質な女性の声。 「…電波の届かないところにいるって、どういうことだよ。」 ボンゴレの本部の中にいるときも、常に携帯は持ち歩いている筈だ。もちろん、本部内では電波が届かないという事はありえない。 山本は、滅多に使わないメモリーしてある番号を押した。 幹部クラスまでまわされるのに3回違う人間の声を聞き、その誰もに驚かれつつようやく若きボスの執務室に繋がった。 『山本?代表番号にかけてくるなんてどうしたの?』 「あ、悪ぃ。ツナのホットライン番号忘れててさ。」 『いい加減覚えてくれる?』 くすくすと綱吉の笑う声が耳をくすぐった。目の前を親子連れが通り過ぎる。母親に手をひかれた女の子が不思議そうに山本を見上げていた。 「それはそうと、ツナ、獄寺どこにいるの?」 『獄寺君?携帯にはかけたの?』 「ああ、かけたけど電波が届かないらしくって。本部にいないのか?」 『そっか。今電波の届かないところにいるかもねぇ。ちょっと獄寺君に頼み事していて、外出しているんだ。』 「外出?」 『そう。そろそろ目的地に着くと思うから、また後でかけてみたら?』 「んー。それならいいんだけど。」 もう少し詳しく聞きたかったのだが、向こうで綱吉が誰かに話し掛けられるのが聞こえて、短く礼を言って電話を切った。綱吉の様子も普通だったし、そんな大した用事じゃないのだろう。 また後で電話する事にして、山本はスーパーの中に入っていった。 ワインは1ケース注文し、他にも面白いものはないかと店内を物色する。ローマは大都市なだけあって、色々と品揃えが多くつい夢中になってしまった。ドライトマトのオイル漬けや数種類のチーズ、ハムやサラミ、果てはケッパーやバルサミコ酢まで買いこんで、全てまとめてボンゴレの本部宛に送ってしまう。本当は自宅に送りたいところだが、プライベートの家に知らない人間が訪ねてくるのは避けたい。本部から持って帰る手間はあるが、あの屋敷なら良く出来たメイド達が保管していてくれるだろう。 そんな豪快な買い物に満足すると、山本は種類の違う6本のワインと途中デリで買い込んだ食事を手にホテルへと戻って来た。デリの惣菜程度で自分の胃が満足するとは思っていないので、夜にまた食事に出るつもりだ。 エレベーターで上層階まで上がり、自分の部屋の近くまで来る。習慣としてドアを注意深く眺めると、すぐにある変化に気付いた。 ――誰か、いる。 外出するときはいつも、ドアのふちのところに髪の毛を1本貼り付けている。水で十分貼りつく上に、乾燥すると少しでも力がかかると剥がれ落ち、跡も残らないのだ。ほんの2時間前に確かに貼り付けておいた髪の毛は、今はどこにも無い。 山本は足を緩めることなくドアの前まで来ると、ポケットからカードキーを取り出した。同時に荷物を床に置いて、背中に右手を回して銃を取り出した。 注意深く気配を探るが、部屋の中に動きは感じない。 カードキーを差し込んでロックを解除する。 同時に蹴破る勢いでドアを開けると、姿勢を低くして中に走りこんだ。入り口からの廊下を抜け、リビングに飛び込むと同時に、そこにいた人物に銃口を向けた。 「…昼間っからどこほっつき歩いていたんだ?」 「……は?」 「どうせまた買い物にでも行っていたんだろ、山本。」 「ご、ごくでら?」 リビングにある革張りのソファに銜え煙草に我が物顔で座っているのは、山本がここ1週間会いたくてたまらなかった人物だった。 驚きのあまり呆然と立っている山本を面白そうに眺めていたが、獄寺は吸っていた煙草を揉み消すとゆっくりと立ち上がって近づいてきた。 「な、んで、ここにいるの?」 「んー?それより、お前荷物外に置きっぱなしだろ。ボトルの音がしていたぜ?」 山本の肩を軽く叩くと、獄寺はドアの向こうにあった荷物を取って来た。そのままリビングのテーブルに置いて、勝手に中身を物色する。 「お、知らねーワインがある。俺、この白ワインが…」 「獄寺。」 ワインボトルを掴んでいた手を取ると、山本は獄寺を後ろから抱きしめていた。 「会いたかった。」 そのまま獄寺の肩口に顔を埋めて、山本は首筋に軽く唇をあてる。 獄寺は山本の手をポンポンと叩いて、少しだけ力を緩めさせた。山本の腕の中で身体を反転させると、正面からその黒い瞳を見つめる。 「……俺、白ワインは冷えている方が好みなんだが。」 「そんなの、後にして。」 「貸しはデカイぜ。」 「望むところだ。」 獄寺は山本の首に両手を絡め、思い切り引き寄せる。 久しぶりに交わしたキスは、すぐにお互いを夢中にさせた。 舌を差し入れると、腕の中の身体がかすかに震えた。獄寺の舌を絡めとり、より深く口付ける。獄寺の白い指が自分の髪の毛に差し入れられるのを感じた。 息継ぎをさせる様に少しだけ唇を離すと、小さく声が聞こえた。吐息交じりのその声を飲み込むように、もう一度キスをする。長すぎるキスに、獄寺は音を上げた。山本を引き寄せていた両手は、知らず縋るようなものに変わっている。 獄寺の膝の力が抜けそうになるのを、腰を抱く事で支えた。キスの最後に獄寺の唇を舐める。 「やばいなぁ。久しぶり過ぎて我慢できない。」 「…俺はスーツが皺になるのが我慢ならねぇ。」 獄寺はそういって睨みつけたが、目の縁が赤くなっている様子では山本に効果がある筈もない。 「了解。きちんとハンガーに掛けさせていただきます。」 山本は、笑いながらその赤くなった目元にキスを落とした。 「…煙草。」 山本の腕の中に収まっていた身体を少し起こすと、獄寺はベッドサイドに置いてあった煙草とライターを手にした。だらしなく寝そべったままの山本は、身体を起こした獄寺の腰に腕を巻きつけている。 情交の後の獄寺は、その仕草の一つ一つが誘うような色気がある。 顔にかかった髪をかきあげ、煙草を銜えるとすぐにライターで火を点ける。一息吸い込んだ後、天井に向けて細く吐き出した。ライターをベッドサイトに戻した左手を捕らえて、山本はその手首に唇を寄せた。 明るかった窓の外はすっかり暗くなり、ディナータイムも始まっている時間だ。 「ごくでらー。」 「んだよ。」 「で、なんでここにいるの?」 山本は獄寺の手首にキスマークを一つ作ると、満足そうに舌で舐め上げる。 「っおい!そんなところにつけるなよ。」 「ねえ、なんでなんだ?」 獄寺は自分の腰に巻きついている男を見下ろし、煙を吐き出す。 「…1日目、グラッパ1ケース、マッロー・カンディーティ(マロングラッセ)10箱、アジアーコ・チーズ、パスタ3種、2日目、蜂蜜3種、バーチ・ディ・ダーマ(アーモンド風味の焼き菓子)10箱、カラスミ、ミルト酒1ケース。」 「…何?」 「3日目は小麦2種各10キロに、30キロのパルミジャーノ・レジャーノだけだったんで、雲雀が激怒。」 「ああ、だって、2日目までの荷物からは好き勝手に持っていってるだろ?」 「グラッパを3本とマロングラッセを2箱、蜂蜜を全種類1瓶ずつと焼き菓子を2箱。」 「見事に甘いモノばかりだな。」 「見るに見かねた10代目が、俺を寄越したんだよ。」 ――山本、相当ストレスたまっているみたいだね。 笑顔でそう言ってはいたが、獄寺には言外に「もう荷物は送ってくるなって言っといて。」と聞こえた。 「ああ、獄寺が来てくれたから、今日の荷物で最後だなー。」 「……やっぱり送っていやがったか。」 「仕方ないだろー。今日も振られたんだもん、俺。」 獄寺は溜息と共に煙を吐き出した。 ベッドサイドのテーブルの上は煙草の箱とライター、獄寺が外したいくつかのアクセサリーと、そして封蝋をしてある白い封筒があった。 煙草を口に銜えると、右手の人差し指と中指でそれをつまむ。 「山本、10代目からだ。」 「何?」 「俺が知るわけ無いだろう。」 ‘そりゃそうか。’そう呟くと、山本はようやく身体を起こした。相変わらず右手を獄寺の腰に回し、後ろから抱きしめながら肩に顎を乗せる形で手にした封筒を眺める。 「指令書かな?」 「…電話で済むことだろうが。」 「そりゃそうだ。」 指で封筒を開けると、中には水色のカードが入っていた。 『 この後、1週間休暇にするから、 獄寺君と二人で親書を届けて来るように。 山本、誕生日おめでとう。 』 このカードを見て獄寺は珍しく煙にむせ、山本はそんな獄寺の頬にキスをしていた。 「…いくら一番古参だからって、仮病を使っていた相手にそこまでするべきだったの?」 「まあいいですよ。まだ若輩者だから、一応年上の人は敬わないと。」 ボス・ボンゴレの執務室には、いつも影のように付き従っている獄寺の姿がない代わりに、珍しく雲雀の姿があった。もっとも、彼はソファの上で伸びているが。 「まさか、ボンゴレの守護者が使いで不満だったとはね。…僕が行ってくればよかったかな。」 「雲雀さん、勘弁してください。まだ今は事を構えるつもりはないんですよ。」 邪気のない笑顔で、さらりと恐ろしいことを言ってのける。食えないボスの様子に、雲雀は珍しく笑顔を見せた。 「山本の誕生日でもあったし、丁度よかったかな。」 あの後、山本と獄寺の二人で面会を申し込むと、相手のボスはあっさりと出てきて親書を受け取ったそうだ。そのボスはどうやら就任式で目にした獄寺を気に入っていたらしい。報告してきた山本は、電話でもわかるほど殺気を滲ませていた。 「1週間もあれば忘れてくれるよね。」 「……単純。」 山獄はローマから新婚旅行です(爆。それにしても、私が書くと何故かツナは微黒になります…/つねみ |