新しい言葉



「やぁランボ。久しぶりに来てるよ」
 柔らかい日差しが溢れる執務室の窓を背にボンゴレは笑った。この人は全然変わらない。身の内に非情も無情も愛情も飼っているのに全然そんな素振りを見せない。十年前ならわからなかった、そんなことも判るようになった。そんなことを考えてしまうのも、懐かしい人の名前を聞いたからだ。
「帰ってきたの?」
「うん。最近どこにいたのか聞いたら、呆れたことに並盛にいたんだって。母さんも人が悪いよなぁ、全然教えてくれなかった。今は庭のどっかにいると思うよ」
 先月のボヴィーノのレポートをボンゴレの机の上、未処理ボックスに入れた。代わりにボンゴレからボヴィーノへのレポートを受け取って今日の仕事はおしまい。
「行ってきます」
「うん。しばらくはここに居てくれるみたい」
「ボンゴレも嬉しいですね」
「今夜、晩ご飯一緒食べてって」
「了解」

 ボンゴレの庭は相変わらず広大だった。昔、よく迷子になった時は必ず若きボンゴレが見つけにきてくれた事を思い出しながら、適当に小径を辿ってほどよく奥にある東屋に向かう。
「――ランボ?」
「ボンゴレのご自宅にいたんだって?」
 白い大理石でできている東屋の中から声が届いた。相変わらず聡いことで。窓状に切り抜かれた部分の両側に両手をついて覗くと、スーツケースを枕にフゥ太が寝転がっていた。眩しそうに見上げてくる。
「そう。しばらくママンに世話になってた」
「家光に邪魔扱いされただろ?」
「嫌がらせ」
 入り口に回ってフゥ太の反対側に腰を下ろす。
「ママンから」
 伸ばされた手から零された懐かしい葡萄のキャンディは一瞬にして二十年の時を戻す。
「あー帰りたい」
「逢いたがっていたよ。ランボちゃんは元気かしら?って」
「今のオレが行ってもわかるかなぁ?」
「わかるよ。ツナ兄のママンだけど、僕らのママンでもあるんだから」
横目で微笑むフゥ太はボンゴレと一緒で全然変わらなくて今でもオレの教育係みたいだ。おいで、と手招きされるから、フゥ太の寝転がる石の長椅子に背中を預けて腰を下ろした。片手でアタマをぐしゃぐしゃとかき混ぜられる。
「最近はどうなの?」
「知ってるだろ」
「ランキングには今のランボは出ているけれど、本当のランボは出てこないんだよ。こんな髪が伸びたことも知らないしね」
「確かにそれはランキングできないな。っていうか、フゥ太さぁ風来坊過ぎるよ」
「だってママンの手料理はランキングに入らないぐらいおいしいんだよ」
「ボンゴレも心配していたよ」
 そんなことは知ってるとばかりに、フゥ太はつい、と視線を空へと向けた。夕焼けの空は澄んでどこまでも見えそうだった。
「ランボは僕のランキング能力がなくなっても傍においてくれる?」
「え?」
振り返ったフゥ太はオレの三つ編みをもてあそび始めた。
「なんかあった?」
並盛はオレ達のホームだ。故郷という意味での。幼少期、ほんの短い間過ごしただけだけど。だからこそママンのいつでも抱きしめてくれるオレ達が帰る場所で。オレが勝手に抱いているイメージで、フゥ太がどうかはわからないけれども。もし、そういう意味でフゥ太がそこにいたとしたら。
「――考え過ぎ」
額をちょん、とつつかれた。
夕方の風がさぁっと吹いてぎこちない空気をも流してゆく。フゥ太は身を起こして夕焼けを見つめる。オレはきっと情けない顔をしていたのだろう。振り向いたフゥ太は困ったように眉根をひそめた。
「冗談だって。今だってランキングできる。ランボの好きな人ランキング。三位がツナ兄。二位がイーピン。一位が」
「恥ずかしいんで止めてくれる?」
折られる指を握って止める。
「いいんじゃない、ランボ。賢明な選択だと思うよ」
――ダメだよ、ランボ。
耳によみがえるいつものフゥ太の口癖。
「初めてだ。フゥ太がいいんじゃないって」
「そんなにランボにダメ出ししてたかなぁ」
ぷーって頬を膨らませても、お互いかわいい年は過ぎているって!
「なぁフゥ太もう一回言って」
「やだよ」
「減るもんじゃないだろ?」
「減るね。ランボのオレへの敬意が」
「最初っから無いって!」
「ひどいっ!あんなに世話してあげたのに!」
「悪いけど、全く覚えてない」
「このアタマは飾りなの!?」
「うん。よく言われる」
ぐしゃぐしゃとかきまぜられて後ろから羽交い締めにされる。ケラケラ笑いながらじゃれていたら携帯のバイブが震えた。ボンゴレだ。
「ちょっと待って、ボンゴレだ。きっと夕ご飯だよ。――もしもし?」
フゥ太は携帯に耳を寄せてきた。晩ご飯の準備ができたから帰っておいで。というボンゴレの言葉にフゥ太が笑った。影になってよくわからなかったけれど、どこか泣きそうな感じがした。
「オレじゃ役立たずかも知れないけれども、なんかあったら言って。これでもボンゴレの避難先ぐらいはやってるんだから」
「何、言ってんの。ツナ兄の避難先No.2のくせに」
ツナ兄とオレ以外知らないことを。
そんなにまでもこの世のことはなんでも知っているフゥ太は、何が悲しいんだろう。
「大丈夫だって」
「初めてランボに励まされた」
「オレだってこれぐらいはできるさ」
立ち上がってフゥ太の腕をひっぱり上げる。目線は同じぐらいだ。
「大きくなったね」
「キスしていいですか?」
嫌がらせのつもりで。

「いいんじゃない?」

「そこは"ダメだよ"だろ!」
思った通り、わざと外すフゥ太の肩に手を回して暗くなってきた庭へと歩き出した。オレが知らないフゥ太のこと、フゥ太の知らないオレのこと今夜は話し尽くすからね、という意味で肩を抱く手に力をこめた。






十年後のランボはまだしもフゥ太様が…リボとツナに並ぶボンゴレドS星の王子様的燦めきが!! 教育係だなんて!! 萌えました。炎の説明の時は言葉よりもランボをぎゅーとするフゥ太に萌えました。なのでランボ並にフゥ太の話をまるで覚えていません。20089714/だい。






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