獄寺隼人の殺し方 プランA 地中海を臨む半島の先、海に突き出すバルコニーでは夕焼けを楽しむカップルが遅いお茶をしていた。 優雅でありながら白と青を基調にしたおちついたインテリアで、心がゆったりと解放されるようでまた訪れたくなる魅力に溢れていた。 空気が澄み渡り、穏やかな海面に橙色の夕日が照り返し、レストランの白い天井にオレンジにゆらめく波状の影となって反射していた。波音を聞くにはいささか場所が高いため、代わりにピアノの生演奏が控えめに流れていた。周囲に目立った観光スポットもないため、地元の人間がゆったり食事をしていた。舌の肥えたマフィアのボス達もお忍びでよく訪れるらしい。30人も入れば満員になるホールはカテラリーの触れる音とひそやかな笑い声が低く流れて一幅の絵のようだった。 入り口横の一段高くなったソファ席ではどこかで見たことのある男たちが、低い声で談笑している。黄金色の泡で満ちた細いグラスが夕陽を反射していてネクター(神酒)のようだ。 ウェイターが身を屈めて男の一人に、料理の準備ができたことを告げる。 大きく広げられた窓の側のテーブルでは、人数分のセッティングが白いテーブルクロスに煌めいていた。着いたばかりの女性二人が彼らに近寄りそれぞれ頬にキスをする。 シャンパンで乾杯を交わし、前菜が運ばれる。彼らを歓迎するように、ややアップテンポの明るい曲が弾かれると、テーブルについた主賓らしい男がピアニストにグラスを捧げた。黒髪をうなじで軽くゆわいたピアニストは弾きながら会釈で応える。 日は完全に落ちたが昼の名残の暖かい風が花の香りをのせてホールを吹き抜け、可愛らしい女性たちの髪を揺らす。 あちこちのテーブルがドルチェやエスプレッソに変わる頃、誰もが知る軽快なジャズ・ナンバーが奏でられ口ずさんだり抱き合って踊り出す夫婦も現れた。 やがて終演の幕が降りようとした時に招かざる客が訪れた。剣呑な雰囲気の男たちに空気が凍りつく。 「伏せろ」 誰かの声が引き金になってマシンガンが連射された。一人、また一人と凶弾に倒れていく。銃の発射音と金属音、テーブルや壁への着弾音のB.G.M.はルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーベンのテンペスト。流麗で優雅な曲は高音と低音に分かれ、やがて一つになり低音のアルペジオから高音へと移動していき、テンポを速めていく。ピアニストはまるで銃撃戦が見えていないように、聞こえていないように、大切な誰かへ捧げるようへ演奏を止めなかった。 「うるせぇ」 やがて、ピアノへと辿りついた無粋な邪魔者の銃がピアニストの頭につきつけられる。それでも演奏を止めない。 「そいつより、ボンゴレだ!」 別の男が窓際のテーブルへと走り寄る。一瞬仲間に気を取られた男はピアノの演奏が止んでいるのに気付いた。冷や汗が背中を流れる。ぎこちなく視線を戻すと黒髪のピアニストが自分の眉間に銀色の銃をつきつけていた。いつのまに火をつけたのか噛み煙草をして、翡翠の瞳が涼しげに笑った。殺される直前の男が見惚れるほどの華やかな危険な笑みで。 同時に男は気付いた。この瞳はドン・ボンゴレの右腕のものだと。いなかったのではなく、最初からいた、のだと。 「Buona sera!(さようなら)」 そして、ブラックアウト。 「っていうね!!夢を見たんだよ!あれ、絶対獄寺くんだよ。すんげーすんげーかっこよかった!」 「ほほほほんとですか!10代目!」 今朝方見た夢を綱吉は獄寺に興奮気味に話した。山本は朝練で今日は先に学校に行っている。小動物が遊ぶように、身振り手振りで話す綱吉とそれにひとつ一つ反応する獄寺。 「獄寺くんのピアノほんとにうまかったよ。あれ?ピアノ弾けるんだっけ?」 「昔ちょっとだけやりました。10代目がおっしゃるなら練習します!」 「おれの夢だからおれがどうかはわかんないけど、あの獄寺くんはかっこよかったなぁ。なんかね、20過ぎぐらいですっごい大人っぽくて、てか大人だったよ!」 「自分がいるってことは、絶対10代目がそのボンゴレなんですよ」 「それはちょっと複雑」 「オレも10代目の夢見たいッス!!」 「いや、それなんかちょっと違うから」 「いえ!夢の中でもお供させてください!!」 興奮が醒めてきた綱吉と反対にボルテージがあがる獄寺。敬愛する10代目の夢に出てきただけでも光栄なのに、かっこいい、かっこいいと連発されて気分は急上昇だ。興奮で耳まで赤くなっている。低血圧の獄寺がこんな朝からそこまで溌剌とした姿を見せるのは珍しい。 「朝方の夢は正夢になりやすいんだろ。ツナが見たんだったら、将来そーなんじゃねーの?」 「10代目!!一生ついていきます!!」 リボーンの言葉に止めをさされ、獄寺隼人14歳。うっかり綱吉に抱きつきながら、改めて綱吉の右腕になることを固く、固く誓った。 二人の横、いつもの通学路のブロック塀の上をとてとてと歩きながら“獄寺を殺すのに刃物はいらねーな”とリボーンは呟いた。 |