君に捧ぐ祈り



本日のパーティ会場である前庭が見渡せる、屋敷の中でも一番眺望の良い部屋が歴代のボスの自室だった。
その広い部屋の真ん中のソファに一人、真っ白いスーツに身を包んだツナがゆったりと足を組んで目を閉じて座っていた。

先刻までは普段から身の回りの世話を任せている年若いメイドが慌しく立ち回り着替えを手伝っていたのだが、最後の最後で靴がないのに気づき、己の失態に真っ青な顔で頭を下げた。
「も、申し訳ございませんっ!確かに昨日確認したんですが…っ」
今日の為のスーツと靴は勿論オーダーで、1週間前に届いたものを寝室の続き間であるクローゼットルームに大切に仕舞ってあったのだ。昨日もちゃんと確認して、今朝そのまま取り出しただけの筈なのに…今にも泣き出しそうな顔で空っぽの箱を見つめるメイドに、
「ああ、大丈夫だよ。その内出てくるから」
何の根拠もなく断言する主に、「でも…」と小さく反論すると、
「そうだな…君はビアンキを探してきてくれないかな?支度を手伝ってほしいんだ」
15分後に頼むよ、と最大の懸案事項は棚上げのまま部屋から追い出されたが、この若く穏やかな主がどれ程の信頼を寄せてもそれにきちんと応えるだけの器量の持ち主である事を既に知っているメイドは、目尻に浮かんだひと雫を指先で払うと、主の命に従うべくパーティー会場へと向かった。

就任式の日程が正式に決まり、守護者やファミリー達の為にこっそりと揃いのスーツを手配していた時、もう一人、パーティーに決して呼ぶ事は叶わない人物の顔が浮かんだ。
(本当は、来てほしいんだけど、な…)
リボーンからは「お前は甘すぎる」などと小言を喰らいそうだな、と苦笑いしつつ、その願いは自分の胸の内だけに収め、それでもスーツだけは手配していた。そのスーツは、もう一着一回り小さめのスーツと一緒に、部屋の隅のコートハンガーに架けられていた。

本日の主役であるツナの元には、常に誰かが付き纏う。一人になれる時間なんて、今しかない。
「だからって、靴を隠すってのはちょっとかわいそうじゃないかな?」
自分以外誰もいない筈の部屋の中、諭すような口調で呟くツナの髪の毛がふわりと揺れた。その気配を感じて目をゆっくりと明けると…目の前に、漆黒の髪の男が立っていた。
「久し振りだね…六道骸」

未だ囚われの身である筈の六道骸は、ゆったりと微笑んで、優雅な所作でツナの眉間に人差し指を押し当てた。
「久し振りですね、沢田綱吉…いえ、今日からはボンゴレのボス、と呼ぶべきかな?」
「そんな事しなくても、オレが何もしない事ぐらい判っているだろう?」
試すような事をしなくて良い、と、それと同じくらい突然現われた男が己に害を及ぼす事はない、と信じきっている眼差しで見据えると、動作を抑え込んでいた指先が離れた。
「全く…君は変わっていない」
嘆息交じりに呟かれる声に、
「そんなに簡単に変われる訳ないよ」
と、こちらも苦笑交じりの声で返す。
「しかし、君は今日から正式にボンゴレのボスとなる…この意味が判りますか?」
時に慈悲深く、時に非道に…己のファミリーを守る為には、切り捨てなければならないものも出てくる筈だ。血で血を洗うような抗争にも巻き込まれる事だろう…それでも、常に毅然とした態度で、ファミリーを正しく導かねばならない。それがボスの宿命なのだ。

この部屋を出たら、その宿命からもう逃げられないのだ。

秒針が一回りした頃、骸を見上げたまま沈黙していたツナが口を開いた。
「…後悔、する時もあるかもしれない」
不安のような影が過ぎったのは、ほんの一瞬。次の瞬間には、決意と自信に満ちた表情に戻っていた。
「だけど、オレには皆がいてくれるから」
しっかりと骸の目を見据えて毅然と、信託のように告げる。
「お前もだ…六道骸。今日は来てくれて有難う」
ゆっくりと微笑んだその表情は、5年前と変わっていない。骸はその頬に両手を添えて、顔を近づけた。
「10代目ボンゴレのボス…貴方に永遠の忠誠を」
間近に囁かれる声に目を閉じると、唇に柔らかい感触が触れた。

ぬくもりが離れてゆっくり目を明けると、そこには漆黒の髪の少女が立っていた。
「良かった。君も来られたんだね」
「…骸様が、連れてきてくれた」
いつもと違い黒いノースリーブのワンピース姿のクロームがそっと身を離すと、ソファから立ち上がったツナは部屋の隅へと歩み寄った。コートハンガーにはスーツが1着しか残されておらず、口元に浮かぶ笑みを隠さずにクロームにそのスーツを手渡した。
「そのワンピースもかわいいけど、今日は皆でお揃いなんだ。もうすぐしたらビアンキが来てくれるから、これに着替えてもらえないかな?」
素直に頷くクロームが、代わりに白い革靴を差し出す。見覚えのあるそれに「有難う」と微笑むと、ドアのノック音と入室を問うビアンキの声が聞こえた。






もしも、10代目就任式があったら。 守護者やファミリーは黒スーツで、ツナのみ白スーツで!/わんこ






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