happy sunny doggy day



出張からやっと戻って獄寺の眠るベッドにもぐりこんだのは明け方近く。
小僧のスパルタはツナ以外のオレらカポ・レジームにも及んでいて、頭より体力のオレはチェスの駒のように毎日なんつーの?西に東に走っていた。徐々に遠方に飛ばされるようになって、今回はとうとう1週間。体もボロボロで、つーかーれーたーと獄寺の背中に抱きついた。眠りにおちる直前に獄寺の腕に包まれた、気がした。
顔を舐められる感触で目を覚ました。1週間ぶりでめっちゃやる気じゃん!と抱きついたら獄寺じゃなかった。むしろ人間でもなかった。はふはふと長い舌で顔をなめる、銀色の長い毛をさらさら揺らすアフガンハウンドだった。
「おまえ、だれ?」と話したつもりが喉が痛くてそれどころじゃなかった。そいつはオレに乗って顔中を舐めてくる。なんだよー、ひとなつこいなー。目を閉じたままされるがままにしている。というか、それ以外無理!わん、と一吠えすると、寝室に獄寺が入ってきた。
獄寺はベッドに後ろ向きに座り犬の頭を撫でながら、オレの頭にキス。こいつ、犬に舐められているから顔を避けたのな。
「Buon giorno」
同じ言葉を唇だけで返す。キョトンという顔をする獄寺はすんげーかわいくて、かわいいなぁと呟いたら喉に手を当てられた。
「腫れたか」
うんうん。そう。オレも今気付いたけど。
「疲れがたまると、ここクるもんなー。熱は?」
ぺたぺたと額や扁桃腺に触られてチェックされる。冷たい獄寺の手が気持ちいい。
「喉だけだな。服着て寝ねーからだろ。今日はいちんち寝てろ」
えー。せっかくの休みなのに?獄寺は人の悪い笑顔でぱしっと頭をはたいた。
「出かけたいなら顔洗ってこい。市場、出てるぜ」
裸足で床に下りるとアフガンがまとわりついてきた。なぁなぁこいつ誰?
「逢ったことあるだろ?階下(した)の犬。理由(ワケ)ありで今日か明日まで預かることになったんだ。ルティおいで」
呼ばれたルティは尻尾を優雅に振りながら獄寺の後をついていった。

シャワーで体を温めて服を着てリビングに行くと、ソファで新聞を読む獄寺と、その膝の上に顔を乗せて横たわるルティ。もっさもっさしたモップみてぇだな。
獄寺は傍らに用意していたマフラーをオレに投げる。
「しとけ」
獄寺は眼鏡をテレビ横のケースに入れて、代わりにコートを手にして立ち上がる。オレもソファにかけっぱなしだったトレンチ・コートを羽織った。獄寺に充電しといた、と携帯を渡されるまで、携帯のことはすっかり忘れていた。グラッツェと獄寺の肩を抱いて耳にキスを贈ると獄寺はくすぐったそうに身を捩った。

市場は想像以上に人出と食材の匂いに溢れていた。取れたての魚介類から肉、野菜、果物が並んでいる。なんでか、嘴みたいなとんがった口を上にしたカジキマグロの頭だけがどかんと並んでいた。獄寺も理由は知らないようだった。大体、それをカジキマグロということも知らなかったぐらいだけど。魚のエラをこそいでいたり、エビの皮を剥いていたり、羊や鳥とかもその場で捌いているから新鮮なんだけど、それなりに生々しい臭いにあふれていたけれど、スーパーよりずっとこっちの方が面白い。ただ言葉ができないので、わからない食材については勉強していかないといけねーけどな。
「山本わりぃ。ちょっと先に行っとく」
案の定、獄寺は鼻を押さえて先に見える果物の並ぶエリアを目で指した。行かないで。声を出せないことを思い出して獄寺の腕をつかむ。
「あん?ゆっくり見てけよ」
いやいや、一人だと意味ないって。って、伝えるのは難しいな。
「あぁ出張また入ってんもんな。生鮮食品買ってもしょうがないか」
獄寺なりに気を回してくれるけど違うんだけどな。訂正しようがないので黙ってついていく。血の滴る肉のエリアでやや興奮気味のルティをなだめながら抜けて、果物や野菜のコーナーにさしかかる。空気もどこか新鮮で甘い香りが漂っているようで、目に見えて獄寺の機嫌が良くなった。野菜に混じってオレンジやイチゴも並ぶけど、目立つのは干しブドウや干しイチジクなどドライフルーツで、酒のつまみにもよさそうだ。果物は獄寺だけでも食べられるのでいくつか買おうと思ったんだけど、獄寺は頑としてポケットから手を出さない。屋台の前で立ち止まると獄寺も足を止めた。
「どれをどのぐらい欲しいんだ?言ってやるよ」
獄寺が欲しいだけ。ってどうやったら伝えられるんだよ!目と目でなんてぜってー通じない!口を開こうとしたら「しゃべるな」と釘を刺された。
「今日明日で治してもらわねーと、10代目に迷惑がかかるからな」
いやいやいや。ツナよりオレに気を遣うとこじゃねーの?
「わかった、オレが適当に買うぞ。イエスかノーだけ言え」
うんうん。それでいい。ってか、それがいい。多大な誤解が入っているけれど。獄寺はオレの目を見ながら本当に適当に紙袋いっぱいの林檎とオレンジを買った。他にも屋台のおばちゃんに何か聞いていたけれど内容がわかるはずもなく。
紙袋を渡しながら獄寺は聞いてきた。
「ウチ蜂蜜ってある?−ない?じゃ、それも買っていこ」
イタリアじゃ林檎やオレンジに蜂蜜かけて食べるのかな?シチリアオレンジは酸っぱいとかなんとか聞いたことがあるような、ないような。
「山本、おまえほんっとルティと一緒」
きょろきょろ見回しながら歩くオレは時々獄寺に袖を掴まれる。ルティも匂いに誘われてあちらこちら行くのを獄寺が見事にコントロールしている。犬と同レベルですか。オレ。でも、楽しそうに獄寺が笑うからオレも嬉しくなって笑ってしまう。結局果物と焼きたてのパンと蜂蜜とバターとか細々したものを買って一度家に戻ることにした。昼飯用に近所のバールでムール貝のソテーを買う。

オレたちがワインとムール貝にパンだけの簡単な昼飯をとっている間、ルティも新鮮なミルクをたっぷり飲んで、今は床に広がって昼寝を貪っている。ますますモップみたいだ。オレもソファに寝転がって目を閉じていたらキッチンで何かをしていた獄寺が戻ってきた。
「食え」
浅いガラス皿に入っているのは、すった林檎に蜂蜜を混ぜたものだと言う。シャツを肘までめくってがんばりました、という獄寺の風情がかわいらしいから口を開けて待つ。まじかよ、と呟きながらも獄寺はスプーンですくって口に入れてくれた。荒くすった林檎のぶつぶつと蜂蜜がねっとりまざって腫れた喉に優しくからみついていく。ため息が出るほどおいしい。これ冷えてたらもっとうまいかもね。
「うまいか?」
獄寺の声が耳元でした。うんとうなずくと、無邪気に笑ってもう一匙すくう。それを口に入れてもらいながら獄寺にキス。舌を絡めるついでにそれを獄寺の口に移す。舌同士をこすって歯の裏を舌先で撫でて。しばらくお預けだった獄寺のキスは甘い味がした。
「…そろそろ殴られてーか?」
笑いながら凄まれても。それでもキスを堪能できたのでおとなしくガラス皿とスプーンを手にした。獄寺はそれでいーんだよ、と言わんばかりに煙草に火をつけた。

昼寝から起きたルティがうろうろし始めたので午後の散歩に行くことになった。獄寺はどうやってルティと意思疎通を図っているんだ?ソファに寝転がったまま二人をじっと見ている。獄寺はルフィの顔までしゃがんでイタリア語で何か話している。こうやってみてっと二人似てんなぁ。銀色の髪と銀色の長い毛。翠の瞳同士。獄寺はルティの細長い顔を両手で挟んで顔をくっつけて話しかけるとルティは獄寺を押し倒してじゃれている。まるで兄弟みたいだ。
「山本疲れてる?」
ううん。
「散歩がてら海行かね?天気いいしさ」
獄寺はオレに向けて手のひらを差し出した。獄寺に誘われるのが嬉しくてその手を掴む。

市街から程よく歩いた海は同じように犬を連れた家族連れや恋人たちでまばらに混んでいた。
獄寺の静止も待たずに、本気で投げたボールは100mは優に飛んでいった。それでもルティはきちんと取ってきたので過剰なまでに褒める。そして、また投げると取ってくる。ってか、こいつマジな目になってるぜ!獄寺は呆れて砂浜に足を投げ出して、煙草をふかし始めた。小一時間ほど遊ぶとルティがぜいぜい言い始めたのでボール投げを止めて、獄寺が買ってきた冷たいビールとミルクを並んで飲んだ。
「アフガンって元々が狩猟用だからボール投げとか必死になんだろうな。お前と一緒だな」
こんなもこもこだったら、それは暑いだろうな。差し込んだ手はすぐに見えなくなる。
「犬は舌しか汗腺がないから、もちょっと暑くなったらこいつ大変だよなぁ」
夕日色に染まる砂浜はいつのまにか人影もまばらになっていた。
はふはふ荒い息をするルティを間に挟んでいたけれど、オレは砂を払って立ち上がった。見上げる獄寺と視線を合わせながら獄寺の背中を抱くように座り直して、肩に顎を置いた。
なんか幸せ。顔を犬のように獄寺の頬になすりつける。獄寺は何を言うでもなく、指先で優しくオレの頬を撫でてくれるから体の奥からふわぁっと幸せなものが溢れてくる。
「幸せ、だなぁ」
つい、口をつく。
獄寺がこちらを見る。すぐそこに瞳があって、すぐそこに唇があって。
自然に唇が重なった。何度か重ね合わせて少し開くと暖かい舌がもぐりこんできた。数回、舌先だけを触れ合うようにして絡めると心臓が痛くなってきた。苦しそうな顔をしていたのかな。獄寺は離れると体を反転して顔をのぞきこんできた。
「山本?」
胸が苦しくて胸元のシャツを握りこむ。その苦しさの中から熱いものがこみあげてきて涙になる。
「山本?」
慌てた獄寺に無理矢理顔を上げさせられたけれど、どうしていいかわからなくて抱きしめてしまう。獄寺を抱きしめたまま声にならない声を上げてしまう。喉が痛くても構わない。この気持ちを体から出さないとどうにかなりそうで。獄寺は黙って抱きしめてくれる。その肩に顔をうずめて叫びそうになる気持ちを押し込める。
「叫べよ」
オレが責任とってやる。
獄寺の言葉に赦されて、声を上げてオレは泣いた。

ルティを挟むように寝転がって夜空を見ていた。まだ寒いはずなのにルティの体温が暖かくて心地いい。ルティを抱くように腕をつないでいると獄寺がその腕を上げて頬を触る。
「もうしゃべるの禁止。明日は病院だな」
明日は日曜日。開いている医者なんていないだろ。携帯が鳴り始めた。画面には知らない電話番号。とりあえず出てみたら女性がいきなり話し始めた。ルティがぴく、と身を起こす。
「あ、ちょっと貸して」
獄寺に渡すと代わりに愛想良く話し始めた。電話を切ると返しながらルティに何事か話した。
「帰るぞ」
ルティが体を震わせて砂を払う横でオレたちもコートの砂を払った。帰りしなにルティを預かった理由を聞いた。朝、オレが寝こけている間に、ルティの飼い主がアパートの前でひき逃げにあって、たまたま居合わせた獄寺がこいつを預かって、その時オレのコートを着ていたのでポケットにあった携帯を飼い主―さっきの女性に教えた、というわけだった。
「今夜中には帰ってこられるって。だから、管理人から鍵を借りて中に入れててくれればいいってさ」
ルティを下の部屋に送って、部屋に戻った。たった一日だけなのに、少し寂しい気がした。
「あいつ、振り返らなかったな」
ルティは部屋に送るとたったと軽やかに暗闇に消えた。懐かれていた分、獄寺はオレよりもさみしいのかな?
「ま、しょうがねぇ!風呂入って来い」
一緒に入ろ?
「ソレ治したらな」
指輪からなにからを外して、髪を結ぶ。
「久しぶりにお前のメシが食いたいからさくっと入ってこい」
セックスとメシは同じ行為だぞ。ふと、誰かの言葉が浮かんだ。獄寺が髪を結んだ姿勢のままで顔を赤くした。ちょっと待て!オレ何も言ってねーよな?口に出してねーよな。どーしたの、獄寺?急にオレの心読めるようになっちゃったわけ?
「頼むからそういう顔は寝室だけでしてくれ」
え?気になって、獄寺をひきずってバスルームに行く。大きな鏡には特に変わらないオレがいた。どこが“そういう顔”なんだっての?勝手に想像してんじゃねー。ついでだから鏡をみつめたままうなじにキスをおとして耳たぶを舐めた。
「想像したこと、させて?」
「てめ、それ反則っ」
獄寺は身をよじって逃げようとするけれど逃がすわけがない。
「じゃあっちに行く?」
「その声でしゃべんな!」
それに思いついた瞬間オレはにっこり笑ったのだろう。耳元で告白をすると獄寺の膝がおちた。一緒にしゃがみながら震える獄寺の顔をはさんでキスをする。
「ちょっ、と、待っ、て」
獄寺は最後まで抵抗する。あまりにも暴れるので腕を離すと抱きついてきて耳のそばでつぶやいた。
「言いたいことがあんだから、こっちじゃなくてあっち連れてって」
すくい上げてベッドルームに運ぶ。ベッドに座らせると獄寺はコートの襟を掴んで引き寄せる。
「気付いてないだろう。今日、誕生日だって。Tanti auguri per il tuo compleanno」
本気で忘れてた。すると、じわじわと獄寺が覚えていてくれたことが嬉しくてたまらなくなってきた。
今の言葉をもう一度教えて?
「Tanti auguri per il tuo compleanno。もう言わねー」
獄寺は流れるように歌うように何回か繰り返して打ち止め、とばかりにキスをした。それは続きを促す印と受け取っていいよな。互いの服を脱がせながら、シャワーよりもメシよりも先に誕生日プレゼントをもらうことにした。
「ハヤト、Grazie」
知っているイタリア語は数えるほどだけど、獄寺は明らかにイタリア語のほうがすぐ反応する。そして、何故か喉を腫らして普段より低い声のときは特別に。だから、今夜は声だけで獄寺をかわいがることができる。物より獄寺がオレだけのものになってくれる、この瞬間が最高のプレゼントだと思う。
ありがとう、獄寺。こんなどーしようもないオレのそばにいてくれて。誕生日を覚えていてくれて。
こんなに幸せにしてくれて、本当に、ありがとう。






2007年 山本誕生日
山本は丈夫な子なのですが、疲れると扁桃腺炎になっちゃって声が出なくなる、という超個人的設定。
普段のほほんとした人の掠れた声っていいと思うんだけどー! /だい。






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