はみがき



 久し振りの2人揃っての休日は、昼過ぎに始まった。
 サンルームの窓を大きく開いて既に傾き始めていた太陽を見上げると、「掃除、洗濯…いや、メシの仕度が先か?洗濯は獄寺が風呂に入ってる間にするとして…」と家事の段取りをひとりごちて大きく頷いた。貴重な休日、1分1秒たりとも無駄には出来ない。
 まずは冷蔵庫の中身をチェックして、何を作るかは掃除をしながら考えよう、とキッチンに向かうオレの前を白いカタマリ…もとい、シーツを頭から被った獄寺がよたよたと覚束無い歩調で通り過ぎた。
「獄寺…もちょっと寝てろよ」
 ここ1週間、ずっとボンゴレ本部に詰めていて、連日の激務と徹夜を仮眠で凌いでいたらしい。折角の休日なのだから、ゆっくり休ませてやりたい……とか言いながら、昨日、深夜過ぎに漸く帰宅した獄寺が明け方まで眠れなかったのはオレの所為だったりするのだけど、それは棚の上に上げておく。
 ずるずると引きずっているシーツの裾を踏まないように慎重に後を追うと、獄寺は洗面台の前で立ち止まった。まだ目が開いていないのか、伸ばした手がひらひらと逡巡した挙句、指先にぶつかった歯ブラシと歯磨き粉を掴み上げた。
 シャワーよりもまず歯磨きに走るあたり、余程口の中が気持ち悪いらしい……あれこれ心当たりのあるオレとしては獄寺の行動を温かく見守るしかなく、まさか歯磨き粉とシェービングフォームを間違えちゃいないよな、と背後に近づき手元を覗き込んだ…ら、
「ちょっ!獄寺っ。それ、オレの歯ブラシっ!」
 慌てて手を伸ばしたが間に合わず、歯磨き粉をたっぷりと載せられたオレの歯ブラシは獄寺の口の中に吸い込まれた。
この前、オレが寝ぼけて獄寺の歯ブラシを間違えて使った時、烈火の如く怒られたのだ。小学生の頃から虫歯ひとつなかったオレに対して「変な菌が移る!」とはあんまりだと思うのだが、どこか潔癖なところがある(そのツボが判らなくて、今でも時々怒られる)からしょうがない、間違えたオレが悪いんだし…と素直に謝ってその日の内に獄寺愛用の歯ブラシを買ってきてやったのだ。
 いくら自分が間違えたとはいえ、それを黙って見過ごしたのがバレたら、正気に戻った獄寺に何て言われるか…家庭内別居だけは勘弁だ!
「なあ、それオレのだから…な?」
 オレの声が聞こえていないのか、黙々と歯磨きを続ける獄寺の手首を掴んで無理やり吐き出させようとするが、寝ぼけている割に余程力を入れているのか、びくともしない。いつものように時間をかけて丁寧に磨く獄寺の目はきっちり伏せられていて、頭もぐらぐらと揺れている…このまま気づかないまま磨き終えてくれたら、と一縷の望みをかけてそろりと手を離したその時、水がなみなみと注がれたコップを勢いよく傾けてうがいをすると、獄寺はまだ開ききっていない半眼でぎろりとオレを睨み上げ一喝した。
「てんめえ…朝からいちいちうるせーんだよっ!歯ブラシ間違えたぐらいで、がたがたヌカしてんじぇねえっ!」
「間違えたぐらい、って…こないだ獄寺すんごい怒ったじゃねーかっ!『菌が移る』とかって…」
「うるせえっ!もっととんでもねーもん咥えさせて舐めさせてるクセに、文句言うんじゃねえよっ!」

 ……絶句。
 あの、ゴクデラさん…ここでソレを引き合いに出すのは、何か違ってませんか?

 固まったオレを見て満足したのか、幾らか覚醒したらしい獄寺はにやりと笑うと、僅かに伸び上がって歯磨き粉の匂いのする唇をオレの口端に押し当てたまま「おはよ」と呟いた。






またしても、ヘタレ山本……かっこ良いもっさん!を書けるようになりたいものです(涙)/わんこ






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