ふれていたい 静かに差し出されたカップから立ち上る甘いお茶の香りは場の雰囲気を和ませるのに充分なものだった筈だが、白いカップの中でゆらゆらと揺れる琥珀色の水面からちらりと上げただけの視線をすぐに元に戻すと、獄寺は頬杖をついたままこつこつと指先で机を叩いた。 ――調子、狂うんだよ……。 獄寺の態度を咎めるでもなく、小さなテーブルの向こう側でひっそりとお茶を飲んでいるその気配がやけに気に触るのは、彼女本人の所為ではない事もよく判っていたし、今はここにいない彼女の命を支える男は確かに自分達と同じ「守護者」である事も理解しているつもりだった…が。 ――10代目っ。早く戻ってきて下さいっ! お茶の途中で秘書室長に首根っこ掴まれて引っ張っていかれた綱吉の悲痛な姿と、「獄寺君!オレが戻るまでクロームを頼むからっ!」と扉が締まる寸前に投げつけられた「お願い」を思い浮かべては己を叱責し、ざわざわと落ち着かなく騒ぐ胸底を抑え込んでため息をつくしかなかった。 綱吉と獄寺、山本の3人が日本からシチリアに渡って間もない頃、ある事件を解決すべく、5年間復讐者に囚われたままだった骸が一時的に解放された。 クロームを通して現れる「幻覚」の姿なら何度か目にする事もあったが、本体の骸と対峙するのは綱吉ですら黒曜ランドでの戦い以来だった。獄寺にとっても当然の事ながらあまり良い印象はなく、薄気味悪いやら腹立たしいやら不信感いっぱいの複雑な思いで綱吉の隣に並ぶ骸を横目で眺めていたのだが、任務を通して僅かながらも言葉を交わすに至り、次第に以前程の嫌悪感は感じなくなってきていた…のだが。 ――やっぱ、よく判んねえ…。 ほっそりとした体を包む白いワンピースの下に隠された腹部は、その大半が骸の編み出した「幻覚」なのだと…いつか見た、幻覚を見破られ腹が陥没していくクロームの姿を思い出して思わず肩を揺らした時、テーブルの上に無造作に置かれた獄寺の手の甲に一瞬触れた白い指先が弾かれたように離れた。 「……っ!? な、何だよ…っ」 「ごめん、なさい…」 狼狽した獄寺が発した声音に萎縮したように、クロームは胸の前で指先をぎゅう、と握りこんで俯くと、目の前にいてやっと聞こえる程の小声で呟いた。 綱吉が同席していた時から殆ど彼が話しかける言葉に頷くか首を傾げるか、ぐらいの意思表示しかしなかったから、自分に手を伸ばしてきた事も声を出して謝罪した事も獄寺にとっては予想外のリアクションで、何とも言い返しようがなく持て余すしかなかった。 クロームもそれ以上言葉を繋ぐ事もなく、じっとこちらの手元を見つけ続けていたから、思わず「オレの手に何かあんのかよ?」と荒い口調で吐き捨てると、気まずい思いを隠すように冷めてしまったお茶を飲み干した。 「……骸様の手に、似ている」 「…骸の?」 ぽつりと落とされた小さな囁きを拾って問い返すと、彼女は顔を上げて大きく頷いた。 「一度だけ…この屋敷で初めて逢った時、頭を撫でてくれたの…」 「もしかして…あれが最初で最後、なのか?」 唇をきゅっと引き結んで俯くクロームに、獄寺は痛ましげに顔を歪めた。 任務終了後、綱吉の計らいでボンゴレ屋敷に呼び寄せられたクローム達は、僅かな間ながらも骸と共に過ごした。 そして、骸は再び復讐者に引き渡された。 「骸様は、いつも私の中にいる…だけど、私が骸様の傍にいられたのは、その時だけなの…」 幻覚だけで満足出来る筈がない。 一度でも触れた体温の心地良さを知ってしまえば、もう二度と手放せなくなるのだと…自分だってよく判っている。 がたん、とテーブルに手を突いて立ち上がると、獄寺はその手をクロームの目の前に差し出した。 「……屋敷の裏の薔薇園、行った事あるか?」 問いかけに黙って首を振るクロームの頭をぽんぽんと叩くと、驚いたように大きな瞳で見上げてくる少女を目を細めて見つめ返した。 「10代目はもうしばらく時間がかかりそうだからな…それまで案内してやるよ」 ほら、と再び差し出された掌とどこかむず痒そうな獄寺の顔を交互に見ると、クロームはふわりと笑ってその掌に白い手を重ねた。 ごっくんがテーブルの上に無造作に手を投げ出していたら、血管とか筋とか触りまくります! ……手フェチですみません(泣笑)すみませんついでに、タイトルをGRAPEVINEの曲から勝手にいただきました。/わんこ |