猫を手招くいくつかの法則



猫は気まぐれで粗暴。油断してるとその爪でざっくり、だ。
だから、懐近くに誘き寄せるにはコツがいる。


身支度を整えてパーティー会場へ向かうべく、赤絨毯の引かれた階段を降りる。長い年月で磨かれたらしい豪奢な意匠を凝らした手摺は踊り場で曲がる辺りが特に磨かれていて、繊細なロートアイアンの嵌め込まれた大きな窓から差し込む光を弾いていた。
ふと足を止めて触れてみると、掌に馴染むように柔らかく滑らかで、ほんのりと温かい…まるでこのファミリーとボスの人柄が滲み出ているようだと、山本はひっそりと笑った。

(あの頃は、こんな未来なんて想像もしなかったのにな…)

生まれ育った国から遠く離れて…それでもついて行くのだと信じた主であり友人でもある存在と、かけがえのない仲間達と、それから…。

「おい、何してんだよ!」
吸い込まれそうになった思考を引き戻す声、ひとつ。階下から苛立ちを滲ませた荒い足取りで近づいてくるが、靴音は毛足の長い絨毯に吸い込まれてしまう…まるで抜き足差し足忍び足の猫みたいに。
踊り場までの半分辺りまで駆け上がった時に、斜めに差し込む光の中にその姿が浮かび上がった。昔より伸びた柔らかい髪の毛と、険しい眉根の下で眩しそうに細められた翠の瞳…ああ、本当に猫みたいだ。

「さっさとしねえと、もう皆揃ってんだぞ!何ニヤけてんだよ!」
「ああ、悪い…」
山本が鷹揚に返事しながらも動かないでいると、表情を僅かに歪めた獄寺が近づいてきた。おや?と思う間もなく、伸ばされた指が襟元を崩さない程度にネクタイに絡んだ。
「何だよ、このタイの結び方は」
「何、って…ちゃんと結んでるだろ?」
学生時代ならともかく、それなりの仕事をするようになってスーツを着る機会も増えた。ネクタイを結ぶのも慣れたつもり、だったのだが…。

「ばーっか!結び方も色々あんだよ。正装の時ぐらいはウィンザーノットにしろよ」
山本の立つ段ひとつ下で止まって、手早く結び目を解いて新たに結び直していく。さらりと落ちかかる前髪から覗く伏せた目元と、淀みなく動く指先と…改めて、こんな爪の形をしていたのか、とぼんやり見入っていると、
「よしっ!下がちゃんとしてねえと、ボスが舐められるんだからなっ」
気をつけろよ、と睨み上げる視線が一瞬交差したかと思うと、ふい、と踵を返し、僅かに反応の遅れた山本を置いてさっさと階段を降り始めた。

折角手元近くまで寄ってきたのに、触れ損ねたのは我ながら不覚…咄嗟に、きちんと整えられた結び目に手をかけた。
「10代目が待ってんだから、さっさと…おいっ!?」
階段の途中で振り向いた獄寺が、毛を逆立てるような声を上げた。その声を聞きながら、山本はだらしなく歪んだネクタイの端を摘んで、猫じゃらしのように振ってみせた。
「悪い…どんなになってんのか気になっていじってたら、崩しちまった。またやってくれるか?」
「てめえ…っ。自分で何とかしろっ」
「あー…でもどうなってたか、よく判んねえなあ…こっちが右だっけ?あれ?こっちか?」

猫は気まぐれで粗暴…だけど、どこか面倒見が良くて、放っておけない性格。

「……っ!何でも良いから、さっさとしやがれっ!もう始まるんだぞっ」
そう言いながらも、片足は一段高く。今にも飛びかかりそうな臨戦態勢。
「これで良いか…ん?何か先刻と違うな。まあ、いっか」
「良かねえっ!そんな格好で、10代目に恥かかせる気かっ」

猫は主人には忠実。それ以外の存在なんて、例え仲間を言えども眼中になくて…だから、時々確かめたくなるのだ。その感触を。確かにココにいる、という実感を。

再び階段を駆け上がるその様子は先刻よりも荒々しく、油断していたらきっとその爪でざっくり、だから。
あと3段。中途半端にぶら下がるタイに白い指が伸びる…ブラックジャケットの背中に腕を回して、日差しに温められた柔らかな毛並みに顔を埋めるまで、あと1段。


猫は気まぐれで粗暴。油断してるとその爪でざっくり。
だから、懐深く抱き込んで動きを塞ぐまでは要注意。






もしも、10代目就任式があったら…で、お2人に便乗して書いた初の山獄でした。
…この頃は、未来の獄寺は髪を伸ばして後ろで結んでたら良いなっ!とか妄想してたのでした(苦笑)/わんこ






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