ある日のシャマルと山本の会話 「またか」 入ってきた俺に振り返るも、怪我したのが俺だとわかったシャマルはくわえ煙草でパソコンに向かい直った。 「わり、止めるのだけやって」 もう通い慣れた医務室だ。汚れたシャツを脱いで止血だけしてもらって、消毒を始めた。 「どうした?」 「子供の喧嘩を止めた、そのとばっちり」 「大きな子供か?」 「いや、ほんまもんの子供よ?」 ちゃんとした刃物じゃなかったからひっでぃ疵口。 街中でガールフレンドをとったのとられたの、さすがに刃物は出てこなかったけれどその辺に転がっていた廃材での喧嘩を止めたら、釘が残っていた。 「なぁ、これ縫った方がいい?」 「そのぐれーだったら唾つけときゃ治る」 「破傷風の薬ぐらいちょーだい」 「口開けろ」 大きなカットバンで疵口を覆って、上から包帯を結んでいるとシャマルがカプセルを一つ摘んでいた。あーん、と大きく開けると投げ込んだ。ナイスコントロール。 「――なぁ」 「ん?」 「おめぇら長ぇよな」 「あ?――獄寺?」 無精髭を弄りながらシャマルはうっとうしそうに足を組み替えた。 「どうこう言うつもりはねぇけどな。隼人がすこし不安定になってねぇか?」 使った包帯や消毒薬を棚にしまいながら考える。俺が見ている限り、今の獄寺は至極安定している。でも、俺よりずっと長く獄寺を見てきたおっさんだからわかるものもあるに違いない。けれど、それを認めるのはしゃくでへらりと笑う。 「そうだっけ?」 俺からしたら獄寺もこのおっさんも同じ長さの付き合いだ。 シャマルは全く興味がない、と装った顔で欠伸をして首の骨を鳴らしながら俺と目を合わせなかった。 だから俺も血に汚れたシャツをダストボックスに投げ入れて、指にひっかけた上着を肩にかけて入り口に向かう。 「自分を過信するなよ。おまえの治療はしねぇぞ」 振り返ると片手でパソコンのキーボードを叩いていた。 「どういう意味っすか?」 「いろんな意味だよ、山本」 ちょいちょいと指先で呼ばれるままにパソコンの画面を覗く。 「う、わ」 画素数が荒いけれど、ビアンキに抱きついて笑う獄寺がいた。まだ四、五歳ぐらいの幼い獄寺。 「ビアンキに写真くれって言ったらこれを寄越してきやがった」 「姐さん、やるなぁ。なんで写真なんか」 太陽のように屈託なく笑う獄寺を初めて見た。 笑い声が聞こえなそうなほど、心の底から、ほんとに楽しそうに。 ビアンキを見ても腹痛を起こすわけでもなく、弾けるように笑顔をみせていた時代の獄寺は、自分が見たこと無くても嫉妬なんて気持ちが起こらないほど無邪気な子供二人だった。 「俺にマジぼれした女に見せようと思って。これ見せたらロリコンのレッテル張られるっての」 「下手うってんじゃねぇよ、元・国際手配のくせに。コレ、誰が撮ったの?」 「俺」 す、と体のどこかの血が下がった気がした。 「今更どうこう言う気はねぇって」 画面の前で指を払って画像をしまう。 「隼人だけじゃねぇ、俺にとっちゃあ、おまえも坊主もまっとうでいて欲しいんだよ。まっとうじゃねぇな、こっち側にいてもらいてぇんだ」 わかるだろ?という風にシャマルは俺を見上げた。とろんとした、この世に倦んだような眸の奥には隠しきれない本性が瞬間燃え上がる。 それを隠すように、とうに火の消えた吸い殻を灰皿でもみ消した。 「なぁ俺が死んだら獄寺はどうすると思う?」 俺が獄寺との関係を変えていこうとしているのを知ってか知らずかシャマルは欠伸をしながら俺を追い払った。 「知るわけねぇよ。行った、行った」 「俺は獄寺が死んでも後は追わねぇよ」 「隼人もだろうな。坊主が死んだら間違いなく追うだろうけどな」 「そん時は獄寺を頼むよ」 「莫迦言ってんじゃねぇ、もうお前らのお守りは終わってんだ」 仕方なく俺は医務室の入り口に向かう。正直、このおっさんに背を見せることが最近は恐くて堪らない。小僧の方がまだ安心できる。 「なぁおっさん」 シャマルは新しい煙草に火をつける音がした。我慢できなくなって、スライドしたドアに手をかけて振り向いた。 「俺が獄寺を殺そうとしたらどうする?」 「勝手にしろ」 「真面目に応えろよ」 「起こる筈のねぇことに応える趣味はねぇ。なんならビアンキに同じ質問して、生きていたら応えてやるよ」 俺だってまだ命が惜しい。肩をすくめて廊下に踏み出した。 「どうした?」 偶然通りすがった獄寺は途端に眉間に皺を寄せて怪我した肩を掴んだ。 「いって。でも、軽い怪我だから大丈夫。子供の喧嘩を仲裁したのな」 「シャマルに診てもらったか?」 「あぁ、問題ねぇって」 簡単に怪我をした経緯を話しているうちに、自然、本部の俺の部屋に揃って歩くことになった。 「どこかに行くとこじゃなかったの?」 「コーヒー飲むついでだったから」 「そっか」 クローゼットからシャツを勝手に取り出して、ボタンを外して寄越した。 「ありがと」 シャツに袖を通そうと腕を上げると引き攣れた。 「獄寺」 シャツのボタンを嵌める前に獄寺を壁際においつめて、頬と目にキスをした。温かい俺の獄寺。 「山本?」 抱きしめて腕の中に閉じこめて肩口に顔を埋めて、隙間無く抱きしめる。 獄寺の腕が俺を抱いてくれる。 「ごめん、ちょっとだけだから赦して」 さらさらの髪からは獄寺の匂いがして自分の気持ちが落ち着いていく。 「今夜は何時頃になる?」 「いまんとこ何もねぇからいつもぐらい」 「俺も今日は早く帰るからさ、おいしいもん用意しててくれよ」 「獄寺。好き」 「…ん」 言葉の代わりに獄寺は俺を抱く腕に力を入れた。 「なぁ俺が死にそうになったら獄寺も死んでくれる?」 「お前が死ぬまではその振りをしてやるよ」 「そんなんされたら死ぬに死に切れねぇ」 「だろ?」 思わず笑ってしまう。 「シャマルに何か言われたか?」 「…おまえのちっこい頃の写真見せられた」 「は?」 「姐さんに抱きついてすっげぇかわいかった」 「あいつ、後で果たす」 「獄寺」 腕を解いて額をつけると、不思議な色をした目の縁がすっと赤くなっていた。子供の頃の写真を見られて恥ずかしいのだろう。 「好き。おまえを好きなようにしたい」 「してるだろ」 「お前を傷つけない。ツナから取り上げたりしない。だから俺だけのものになって?」 何年見続けたって、湖のような、宝石のような、この緑には馴れることはない。深い湖のような澄んだ、冷たく、俺の奥底まで見通すこの眸に隠し事なんてできやしない。 「ディアブロ。俺のディアブロ」 禁忌の呼び名を唇にのせて獄寺の顎をすくい上げて、心の震えを見透かされないようにくちづけをする。 そっと舌を忍び込ませると、熱い獄寺のそれがからみついてきた。唾液を混ぜ合うように絡ませる。互いを食むようにキスを続ける。このまま獄寺の体を押し広げたかった。仕事中にそんなこと獄寺が赦すわけがない。 だからセックスの代わりのキスを。 俺の劣情を隠すための、キスを。 獄寺、やっぱりもう俺は止められない。 おまえの全てが見たいんだ。 獄寺さんのおとーさん(仮)を忘れてた! ということで、いよいよ話が動きだしそうなところで止まっています。 じっくりゆっくり二人の関係が緩やかに変わっていくところを書いていきたいです。だい。/20090207 |