焦燥 その頃になると、獄寺は徐々に部屋の中にいるオレの存在に慣れてきていた。最初の頃のように動く度に睨み付けることもなくなったし、壁際から部屋の真ん中にあるソファーに座るようになった。一言二言話しかけられることも増えたし、オレが何をしても過剰に反応することはなくなった。オレといても、リラックス出来るようになったらしい。いつも喧嘩する一歩手前のような不穏な空気がなくなったのは、お互いの関係の為にも良いことだろう。 だが、オレは何故か胸にモヤモヤとしたものが溜まっていくのを感じていた。今の関係が良い方向に向かっていることは、よくわかる。オレ達が(主に獄寺だけど)喧嘩腰になる度に、ツナには心配かけているし、獄寺と普通に話せる友人になったら凄く喜んでくれるだろう。 だがオレは、何故かそれがイラついた。獄寺がオレを意識しないのは我慢できない。気の置けない関係なんて、冗談じゃねぇ。 表面上は穏やかに過ぎる時間に、オレは一人不満を抱えていた。 その日、部活帰りに家に行くと、獄寺はどうやら本を読んでいるところだったらしい。ドアを開けると、すぐに部屋に戻ってソファーに座る。俺が部屋に入ってきても、手元の分厚い本に集中していて、こうなると一、二時間はこのまま。オレは、またモヤモヤとしたものが込み上げて来るのを感じていた。部屋の入り口でカバンを置くと、ここ最近座る場所に決めているラグの上に腰を下ろし、ソファーにもたれながら買ってきた雑誌を捲る。だが、オレの意識は獄寺だけに向けられていた。本に集中している横顔――座りながら読む姿勢に疲れたのか、ソファーに行儀悪く寝転んで読み始めた。次第にイライラが募っていくオレは、どうしていいのかわからなくなる。いっそのこと、三ヶ月守ってきた約束を破ろうか?いきなり名前を呼んだら、獄寺はどうする? オレが口を開こうとした瞬間―― バサッ 突然聞こえた音に、思わず振り向く。さっきまで獄寺の手にあった本が、床に落ちていた 。獄寺は目を閉じて、すうすうと寝息を立てている。その無防備な姿に、驚いて思考が止まった。 しかし、頭は真っ白のままオレは足音を殺して獄寺に近づいく。本を掴んでいた左手はソファーの下に垂れ、右手は胸の上に置かれていた。顔を少し傾けているせいで、銀色の髪の毛が頬にかかっている。 オレは左手をそっと掴むと、少し持ち上げた。ゆっくりとした呼吸が変わらないのを見て、さらに持ち上げる。 ――こっちを見ろよ、獄寺。 頭の上に持ってくると少しだけ眉をひそめたが、目は覚めなかったようだ。 ――目を覚ませよ。 頬にかかる髪の毛を、そっと払う。 オレは右手も掴むと、獄寺の両手首を頭の上で押さえ付けた。獄寺の唇にギリギリまで顔を寄せ、触れるか触れないかのところで止める。 「きっと優しくなんか出来ない」 ――だから、目を覚まして。 獄寺にキスをした瞬間、オレは自分がずっとこうしたかったんだと気付いた。 |