焦燥



 メールの返事は相変わらずなかったが、オレは一度自宅に帰ってから獄寺の家に向かっていた。今朝、ツナにはメールがあって、どうやら熱は下がったようだが心配なことに変わりはない。昨日持っていったバッグも、水分を与えるために使った更級も、顔を拭いてやったタオルも、わざと全部置いてきた。うまく上がり込む口実になればと思ったけど、玄関の外に置いてなければいいなぁ。
 階段を上がって、廊下へと曲がる。見通しの良い廊下に何も置かれていないことに、オレは思わず頬を緩ませた。
「まあ、寝ているかも知れないけどな」
 せっかく親父にお弁当作ってもらったのだが、本当に寝ていたらドアノブにでもかけるつもりだった。
 扉の前で少し考えた後、取り敢えず慎重に呼び鈴を押す。まあ、気を使って押しても、鳴らす音は一緒なんだけど。
 呼び鈴の音が部屋の中に響く。目を閉じて中の様子を探るが、人が動く気配はなかった。
 ――やっぱ寝てるか。
 オレは研ぎ澄ましていた神経の緊張を解いて、溜め息をついた。仕方なくドアノブに弁当をかけようとすると、遠くで微かな物音がした。まさかと思って動きを止め、ドアミラーを見つめる。
 パタパタとした足音はスリッパをはいているのか、部屋の入り口の辺りで一度足を止め、一つ息を吐いてから玄関へと歩いてきた。
 そのまま玄関先で立ち止まる。
「…獄寺」
 オレは獄寺のゆっくりとした呼吸を感じて、取り敢えず安心した。体調はだいぶ良くなったようだ。
「なんで来たんだよ」
 聞こえてきた声はまだ少し掠れていて、思わず顔を顰める。
「まだ完治してねーな。寝ていたか?」
「…お前が起こしたんじゃねーか」
「そりゃそうか」
 もっともな事を言われて、オレは苦笑する。
「もう扉を開くつもりはないから、お前二度と来るな」
「オレが好きで来てるんだから、いーじゃねぇか」
「良くねーだろ。そんな所に座り込んで、風邪ひきてーのかよ」
「心配してくれんの?」
 扉の向こうで舌打ちの音が聞こえて、オレは今度は本当に笑ってしまった。眉間に皺を寄せた不機嫌な表情まで目に浮かぶようだ。
「獄寺はやさしいな」
「っざけんな!」
 怒りのあまり怒鳴りつけているが、それでも以前のように扉を殴ったりすることはない。
 ――オレ、うぬぼれていいよな。
「好きだよ」
 獄寺は息をのんで絶句した後、怒鳴りつけてきた。
「オレは信じない!」

 暫く扉越しに会話(獄寺は怒鳴っていただけだけど)をした後、オレは持ってきていた弁当をドアノブにかけて家に帰った。律儀な獄寺は、きっと明日あたり弁当箱を洗って突き返してくるのだろう。
 そのことを想像すると、またオレは頬を緩ませた。
 元々逃がすつもりはなかったけど、こんな風に距離を縮める事ができるなんて計算外だった。また、触れることができるのは、思っているよりも案外早いかもしれない。

 とりあえず、オレの手元にある合い鍵の事は秘密にしておこうかな。






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