aqua-vitae (命の水)



その生まれたばかりの赤ん坊は小さな小さな命をロウソクの炎のように揺らめかせていた。風が吹くと大きさを変えるように、冷たい電子機器のモニターには小さく上下する波形となって命の存在を現していた。
一度大きく息をして吐き出すと呼吸が止まり、波形も水平に伸びる。
これも失敗だったな、と交わされる中、建物に地震のような衝撃が走り大きく揺れた。室内の電子機器や什器が倒れる。地震か爆撃か判断がつかずに一瞬躊躇いがあった後、サイレンが鳴り、消火用のスプリンクラーが回り始めた。
周囲の人間の気配が消えた頃、倒れた什器の隙間に放置された赤ん坊の頬に水滴がかかり、その瞼が痙攣するように動いた。端が切れている小さな唇に水滴が流れ、赤ん坊は目を開いた。
悲しいことに、その赤ん坊は生まれ落ちた時から自我があった。全身を貫く痛みとそれを洗い流す水の存在も知覚していた。
自分がなんのためにここにいるかはわからないものの、生きるという強い生命力を持っていた。ひきつる肌や神経の繋がらない動きの鈍い四肢を必死に動かしてそこから這い出た。視界もおぼつかない。本能が向かう方へ少しずつ這っていく。気付くと全身に水を浴びていた。心地よい、体にかかった薬品を洗い流す、まさに命の水。
やがて、近付く重い足音。
「さすがアルコ・バレーノ」
声のする方へ顔を動かす。
「見えないのか?」
うなずく。その足音が近付き、抱き上げられる。
「名前は?」
横に首を振る。
「とりあえず手当てをしよう。コロネロのバカが無茶してここはもう駄目だ」
コロネロノバカ?赤ん坊の記憶に最初にすりこまれた名前だった。






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