magia (magic)



 了平が走り去ってしばらくたった頃、次の訪問者が応接室のドアをノックした。下校の時間なので草壁達はすでに席を外していた。
「恭弥」
 雲雀はその声に違和感を覚えて少し考える。予想していた人物より声が低いような気がする。イントネーションも、より日本語に近く滑らかだ。それでも確認の為に振り向くのが癪で、下校風景から目を離さなかった。リボーン達の異変で彼が飛んで来たと考えるのは妥当なことだ。
「きょーや」
「聞こえているから何度も呼ばないで」
 言い終わる前に背後から抱きしめられた。逡巡する時間もさせる気配も無かった。匂いだけは変わらないのに、自分の身に回る腕は知らないものだった。身じろぎができない。雲雀恭弥の生在る限り、何よりも嫌う拘束を受け雲雀の機嫌は簡単に沸点を越えた。
「離れなよ」
 地を這うほどの低い声にも関わらず、背後の男はあろうことか、クスと笑い柔らかい耳たぶに唇をつけた。
 途端、雲雀は鳥肌を立てるように瞬発的な力で拘束を解き、背後の男――ディーノを叩きのめした。
 筈だった。
「よぉ」
 虫酸が走る、へらっとした笑みのまま雲雀をファーストネームで呼ぶディーノは、雲雀をトンファーごと一本の鞭で抑えていた。ギリと奥歯を噛みしめながら鞭を解こうと腕に力を込めながら問う。何故なら、雲雀の知りうるディーノより遙かに戦闘能力が高くなっていると認めざるを得ない。
「誰?」
「そりゃねーだろ。もう忘れたのか?――ディーノって、自分の名前を言うのも恥ずかしいもんだな」
「あなたなんて知らない」
「それも正解。おまえの知っているのから10年後だ」
「バカにしているの?」
「してねーよ。そんなこと(恭弥をバカに)するなんて、オレは命知らずじゃねぇ。まぁいいすぐ消えるから聞いてくれ」
身動きのできない体を動かそうと必死の雲雀の足下に落ちる指輪を拾い、トンファーを握る指を難なく外し、指輪を通そうとする。それに抗って雲雀は指に力を込める。
「薬指にしたら、怒るか?」
もう怒っている、とムスっと睨む雲雀を鼻で笑う。いちいちが華やかで雲雀は余計に腹が立つ。
「ただのリングじゃないんだ。見てろ」
 雲雀から離れたディーノは右手を胸元で挙げて、自分のリングにボウと光を点した。それは紛う事なき炎で、雲雀は瞬間心を奪われて目を見張った。
「お前ならすぐ出来る。覚悟をイメージすればいい。ボンゴレリングとお前が揃えば誰にも負けない」
 雲雀が気付いた時には、既にディーノの顔がそばにあり、ちゅ、と頬に軽く口づけられた。
「噛み殺す」
 鞭の拘束を解いた瞬間、目の前で白い煙が爆発して、見知ったディーノが現れた。
「恭弥!!」
 駆け寄るディーノを無言で殴り挙げる。ディーノは避ける暇もなく、ソファへと飛んだ。
「いってー!!いきなりなんだよ!」
「どうやら僕の知っている君らしいね」
 ――それでも赦さないけど。と、テーブルを蹴り学ランを翻してディーノへと襲いかかった。
「ちょ、待っ!」
 ディーノは横に転がるついでに、ソファとテーブルの間に落ちると、テーブルの脚に強か頭を打った。トンファーをソファにたたき付けて二分した雲雀は頭を抑えるディーノを蹴ろうと脚を上げた。
「ボス!!」
 ロマーリオの声がするやいなや、ディーノは無理な姿勢からしならせた鞭で雲雀の勢いを殺し、僅かな隙の合間に入り口へと走り寄った。
「恭弥、10年後のオレが何をしたかしらないけれど、大切な話があるんだって」
「煩い」
ブンっと体を回転させてトンファーを振り回す雲雀からディーノは屋上へと脱兎の如く身を翻した。
「ボス、おいたが過ぎたんだぜ」
「知るかよ!10年後のオレだろ!?」
 雲雀が追いすがら振り下ろすトンファーの中をかいくぐり、ディーノは自分のリングに炎を点し、鞭にまで点させた。目前を流れる炎の鞭をやり過ごして笑う雲雀は、新しいおもちゃをみつけたようだった。
「ワオ。あなたも出来るの?」
「いいかげん、名前を覚えやがれ」
「猛獣使い?」
 炎の鞭を扱う姿はそうとも見えるかもしれない。
 ディーノは場違いながらも、その答えに笑った。確かに、雲雀という猛獣を扱うのにその二つ名はぴったりだ。
「赤ん坊は違う呼び方をしてた」
「あぁ跳ね馬?」
 雲雀の頭の中でカチリとパズルがはめ込まれる音がした。
「さっきの男もリングに炎を点した」
「知ってたのか。先日、リングに新しい機能が発見されたんだ」
 ディーノは器用にも、時折雲雀を挑発するように振り返っては説明をしようとする。炎がどういう機能なのか雲雀にはわからないものの、先ほどの侮辱が蘇っては怒りに油を注ぐ。
「恭弥、怒りじゃない、覚悟だ」
 屋上で向かい合ってディーノは叫んだ。暮れ始めた中、ディーノの炎が明るく照らしている。時折、風が吹いたように揺らぐのはどういうわけなんだろう、と注意深く観察をする雲雀はふと自分の手元に目を留めた。さきほどのディーノが無理矢理嵌めたリングは、なんだか気に入らなくて素早く抜いて、投げ捨てた。






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