アイスを買って帰ろう



 5時を告げる重いベルが鳴り響いた。
 屋上で惰眠をむさぼっていたオレはうっすらと目を覚ました。
 背中や腋がじっとりと汗ばんでいる。
 10代目を迎えに行かなきゃ。
 熟睡した残滓を振り払うようにとりあえず一服。
 連休が終わって急に暑くなったようだ。ここんとこの屋上の日陰は涼しくて、コンクリの床も気持ちいい冷たさを持っていたというのに。泡沫かよ。
 首筋の汗にまとわりつく髪がうっとおしくて、ひとつかみにすくいあげると少し、涼しくなった。
 弓道部の射的の音や演劇部の発声練習、ブラスバンド部の演奏、耳を澄まさなくてもいろんな音が混ざって届く普通の放課後。そんな音にあふれる放課後で、金属バットにボールが当たる音が一際高く響いた。山本が打ったらしい。
「あちぃ」
 屋上の入り口にだれかが来た気配がした。入り口から離れた用具入れの陰なので、みつかることもないとそのまま吸い続ける。
「あ、いた」
 用具入れの角から10代目が顔だけ覗かせた。壁で吸殻を消して灰皿に押し込みながら立ち上がる。
「あ!すみません!」
「いいよいいよ、日直だったし。よく寝られた?」
「すみません」
「いやだから、謝らないでよ」
 はい、と鞄を渡されて恐縮する。10代目を迎えに行く予定だったので置きっぱなしだった。つまり、午後の授業中ずっと寝ていたってことだ。
「帰りますか?」
 10代目は足元にご自分の鞄を置いてフェンスに寄りかかられた。
「山本が待ってて、ってさ」
「そうですか」
 少し間をとって10代目の横に並んで運動場を見下ろす。みんな同じ格好をしているのに山本はすぐ目に付きやがる。
「もうすぐ中間だねぇ。獄寺君、またヤマ張ってくれる?」
「もちろんです。なんなら先公のやろー脅してでも」
「うん、そこまではしなくていいから」
「10代目は根本的なことを理解するまでに時間をかけるタイプなんっすよね。授業でもその辺をもっと時間かければすぐにできるようになりますよ」
「そうかなー?獄寺君は一度で理解できるんでしょ?」
「昔、カテキョに基礎を徹底的に教え込まれましたから」
「いいなー」
「何をおっしゃいますか!10代目にはリボーンさんがいらっしゃるじゃないですか。どれだけ金を積んでもお願いできない方なんですよ?」
 ボールを打つ金属音に10代目がグラウンドに目を戻す。山本とは違う音だったので、そのまま10代目を眺めていたらふと10代目が見上げてきた。夕焼けの赤い色の中で、茶色い大きな瞳が色褪せて人形のガラスの目のようで、でも心の奥まで見透かされそうでドキとする。こんなちゃんと見たのは初めてでまたドキドキする。今までなんで気付かなかったんだろう。柔和な笑顔が貌づくられた。
「んでも、リボーンのおかげで獄寺君や山本と仲良くなれたしね。その点はいいや」
 その気になればなんでも手に入る立場ということも理解していない様子に、いつもオレはとてつもなく和む。
「あ、終わったみたいだよ」
 10代目の言葉に野球部の様子に目を移すとなるほど後片付けが始まっていた。こちらに手を振っているバカが見える。
「うぜぇ」
「獄寺君、ダメだって」
 無意識にミニボムを指で弄ぶオレを10代目が慌てて止めた。






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