言葉をめぐる旅が始まる。



近頃寒の戻りか急に気温が落ちた。風が吹くとまだ首をすくめてしまう。
いつも饒舌な山本が話さない分落ち着かない。最後まで吸いきらない煙草に立て続けに火をつけてしまう。立ち位置がわからない。いつもは山本の話にオレがつっこんで成立していた関係に。オレが話した方がいいのか?…面倒くせぇ。
山本がブルゾンの袖を掴んでひっぱる。あぁ、こっちか。学校と自分ちと10代目のご自宅のトライアングルしか必要ないオレの行動範囲は狭い。悔しいけれど、リボーンさんの見立ては正解だったというわけだ。
「ここ、か?」
高い塀が囲んだ公園。中はうっそうと木々が茂って森みたいだ。入口横の管理人小屋で山本が挨拶している。「つよっさんから連絡をもらってるよ」という声がしておじさんが出てきて、門の横の小さな木の戸の鍵を開けた。
「あんまり遅くなるなよ」
山本の礼につられて頭を下げる。
園内では掃除や何かを準備している人がいた。山本がチラシを手渡す。並盛義園。昔、この辺りを治めていた殿様だかが作った由緒ある公園らしい。道の端にしゃがんだおっさんに山本が礼をする。
「たけちゃん、風邪だって?らしくないねぇ。奥はまだ電気ついていないから気ぃつけてな」
冗談抜きで町内全員と知り合いじゃねぇのか?というぐらい山本家は並盛になじんでいる。片手を挙げて挨拶をするとオレを一度見て先を進んだ。
園内図を見るとちょうど真ん中に大きな池があって、小径がぐるりと囲んでいた。ところどころに木の種類が書かれているが暗いのと字が小さいので読めない。
本格的な小径が始まるところで竹林がライトアップされていた。まっすぐ天に伸びた竹が緑に映えて新鮮、だ。周りが夕闇に包まれるこの時間ならではの独特な空気に包まれて、ザ・ジャパニーズ。ファンタスティックだ。
声もなく立ち尽くすオレに山本は一歩後ろに下がっていた。
我に返ったら、背中に山本の気配を思い出した。
「っと、わりぃ」
山本は顔を横に振って笑う。顔を傾けて先に行くかたずねる。
「あぁ行こうぜ」
本格的に日が落ちてきた。小径の両端にぽつん、ぽつんと仄かな明りが灯り始める。まるで小さな灯篭。さっきのおっさんたちはこれを作っていたのか。先を歩く山本が曲がり角で立ち止まって振り返った。
腕をひっぱられて進むと一本の巨大なしだれ桜があった。

――なんて、なんて…

月並みだけれども、交響曲の威風堂々のメインテーマがどーん!と鳴った気がした。まだ七分咲きなのに、重そうに垂れ下がった枝ぶりとその大きさに声を失った。
去年みんなで行った公園はたくさん桜が連なっていたので、桜の木、それ自体に圧倒されることは無かった。こんな樹があるなんて知らなかった。
日本のアミニズムでは樹木にも神が宿ると聞いたことがある。きっとこういうのがそうだ。何百年もの間ここに立っていたのだろう。
山本が背後から両肩をつかむ。
いつもなら振り払う、それができなかったのは、ただ大きな桜の木に圧倒されてしまったからだ。
この存在感。強さ。
今まで樹木にこんな気持ちを抱いたことがない。
呼吸することすら忘れてしまいそうだ。
「――すげーだろ」
掠れた声が耳元に落とされた。
無理やり出したような声だった。
心が空白になっていた時に、すとんと降りてきて、そのまま心臓にきた。
なんだよ、山本のくせに。
「――無理すんな」
山本はにっこり笑ってうなずいた。
そして先に進む。もっと見ていたいのに。桜をぐるりと回ったところで止まる。どうやらこちらが正面らしい。枝振りが左右に伸びて素晴らしい。けれども、第一印象が強過ぎてさっきの感動は蘇らない。
「で、花見の場所ってどこなんだ?」
山本は親指で道の先を示す。これ以上の桜がまだあるんだろうか?






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