インファンタイル



 24時を回った並盛の町は水の香りが包んでいた。
 ゴールデン・ウィーク。映画業界から始まったその単語はいつしか大型連休の代名詞となっていた。今年は飛び石にすらならなくて、例年より繁華街でのトラブルが多かった。しかし、どれも雲雀が直接手を下す必要がないほどで、事後報告を受けるだけに留まった。
 水分の多い視界をついと横目で監視しながら、雲雀恭弥はひとり歩いていた。未成年の彼をとがめる者はいない。彼はみつめる人物は並盛ではモグリも同然だ。子供でもなく大人でもない彼は、流れる動作で携帯を耳に当てた。
『ちゃおッス』
 雲雀の携帯番号を直接知る者は少ない上に、彼に教えたつもりはなかった。
『最近暴れてないだろ?差し入れしとくぜ』
「へぇなんの風の吹き回し?ありがたくもらうとするよ」
 小さなスーツを決めた赤ん坊は雲雀の好奇心を満たしてくれる唯一の人物だった。いつしか協定じみたものを結んでいて、学校で騒動を起こす代わりに、こうやって雲雀に餌を与えてくれた。

 リボーンの言う「差し入れ」がどんなものか判らないまま、人身売買の噂のあるテナントが入った雑居ビルに手入れをした。雲雀が到着した時には既に草壁達の手によって証拠物件も該当者も押さえられていた。状況確認と警察への連絡を任せ、入れ違いに上がっていく風紀委員達が見送る中、雲雀は学ランをそよがせながら階段を下り、たん、外に出た。しっとりと濡れるバイクに跨り、フルフェイスを被る。見送りの委員達に目線もくれず、赤いテールランプはすぐに小さくなった。
 いつしか降り出した夜雨は止む気配がなく、光が細かい雨滴に反応して銀色の夜が広がっていた。視界の端を金色がよぎったので、引かれるようにそちらに目線を向けると反対車線に黒のポルシェが一台停まっていた。金髪の男が運転席の男を覗き込んで何事か話している。見知っているどころか相当知っている男だったが、連絡を受けたわけではないし挨拶をする義理もなかった。

 今日は訪れていなかった、ということもあって一日の締めに並盛中学校の校舎の横にバイクを停めた。熱いエンジンタンクをまるで馬の首を宥めるように一撫でする。
新年度になって一月。熱をはらんだ四月から中間考査が近いということもあって学校全体が少しずつ落ち着いてきたが連休ということで、校舎のあちらこちらに生徒達の微熱が残っているようだった。降る雨は、まるで学校ごとその熱を覚ますような霧雨だった。つい、と目の端に金色の光が流れた。見上げる校内に人影はない筈だが念のため。雲雀は無意識に唇を嘗めた。






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