あなたにフレンチ・トースト♪



 くわえ煙草のまま獄寺が鍵を開ける瞬間がすごく好きだ。ツナんちは"ツナだけの家"じゃないし、始終誰かいたから、自分ちの延長のような気がしてたけれど、ここは"獄寺だけの家"=獄寺だけの領域に入る、とてもゾクゾクする瞬間。
「お邪魔しまーす」
「シャワー先でいいか?」
「おう」
 獄寺と半分こした荷物を受け取り、獄寺はバスルームに、オレは台所に。飲み物はひとまず冷蔵庫に、残りをリビングのテーブルに置いたところで「準備ができた」と獄寺が帰ってきた。バスルームの洗濯機の上にきちんと畳まれたバスタオルと着替えが置いてあった。なんかこういうのよくね?自分の服だけど、獄寺の家の匂いがして、オレ堂々としたストーカーになれる、と思った。しかし、オレは朝ご飯を用意するという重大な使命があるのだ。身勝手な幸せに浸りながら手早くシャワーを浴びて獄寺と入れ替わりにキッチンに立った。玉子を四個残して後は全部ボウルにつるつる入れて、砂糖と牛乳を混ぜて、獄寺んちにミキサーなんてないから、お箸を数本まとめてシャカシャカ混ぜて、甘ったるくなるぐらい砂糖を追加した。ボウルと箸が当たる音がなんだか幸せな音に聞こえてきて、先日女子が盛り上がった歌のメロディを鼻歌で歌っていたら即興で歌詞がのった。
「タマゴはよく混ぜて、砂糖もたっぷり、パンによくしみこませて。はっきり言ってかんたんな朝食。混ぜて焼くだけのかんたんトースト。誰でもつくれるフレンチ〜♪」
 シャカシャカ白身がよーく混ざるように作って、切っておいたパンとボウルの中身のバランスを目分量で量ったときにくすっと笑い声がした。
「すげーご機嫌」
 ボウルを片手にシャカシャカしていた手が止まった。獄寺が出てきてたことなんて全然気付かなかった。
「早かったな」
「腹減ってるからな」
 なんて言いながら、獄寺はタオルを頭に置いたまま笑っていた。なんていうの?ツナに見せるのとも違う、おまえバカだなぁってしみじみ思っている笑顔はオレにとっては極上で簡単に浮かれさせた。散歩中の犬にじゃれつかれた時に見せるような、柔らかい油断した笑顔を正面から見せるなんて。襲うぞこんにゃろ。反則だぜ、獄寺。一応これでも告白してくれる女子とかいるんだけど、その度にお前の笑顔を思い出して断ってる、なんて、よっぽど言いたくなるけどまだそれは今じゃないと思う。
「ちょっとだけ待って。これにパンをつけとけばすぐ終わるから。あ、ごめん」
 獄寺はリビングからコンビニ弁当だけを持ってきてレンジに入れる。朝ご飯の事で頭いっぱいで今の弁当のことをすっかり忘れていた。
「いちいち謝んな」
「まだ一回目ー」
 子供のような返しに笑いながらリビングでポテチや乾き物の袋を片っ端から開け始める。オレはぽいぽいパンを投げ入れて、ラップをして冷蔵庫に投げ込む。入れ替わりにビールの数本手に取って、レンジから弁当を取る獄寺の腕の下をくぐってリビングに行く。






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