あなたにフレンチ・トースト♪



 弁当を持つ獄寺を待って定位置に落ち着くと何はともあれ乾杯。
 ゴクゴクと潔く呑む獄寺に見惚れる。
「風呂上がりはやっぱコレだな」
「なぁイタリアって何歳から酒オッケーなわけ?」
「17」
「あ、じゃあ」
「そゆこと」
 缶ビールを持つ手の指がオレを指さす。
 指輪の跡がうっすら白い。その白さに心臓が跳ねる。アクセサリーを全部外して髪もぐしゃぐしゃのままの獄寺は硬派なイメージが消えて、とても柔らかい生き物のようだった。それでも缶ビールを一気に煽ってぐしゃと潰す指や、弁当を持つ肘は鋭く尖ってるし、着痩せするちゃんとした筋肉がその服の下にあることをオレは知っている。
「なぁ獄寺ってどうやってその体維持してんの?」
「んー、特に。ちっちぇー頃からダイナマイトの爆発に耐えてたからじゃねぇの?」
 確かに花火の爆風はすげぇもんがあるもんな。でも、この腹筋はそんなもんじゃできねぇって。
 速攻食べ終わって「観るぞ」と、獄寺が部屋の電気を消してプレイボタンを押す。ソファに寄りかかって獄寺をなんとなしに見ていたら、DVDが始まって何も映らない青い画面に獄寺の泣きそうな顔が浮かび上がった。獄寺は自分の顔が影になっていると思っていたと思うけど、なんでそんな顔をしているのかわからなかった。問いただすのをなんとなく躊躇われて何も言えなかった。オレはそれこそ何度も観た話だから画面をぼんやり眺めて獄寺のことばかり考えていた。毎日逢えなくなってから、頭の中に獄寺が住んでいるように終始考えてしまう。記憶の中の獄寺を何度も何度もリピート再生してしまう。今みたいに本人が横にいるのに、なんで考えてしまうんだろう。だって、現実の獄寺にはこんな風に触れない。中学ン時みたいにツナを間にするんじゃなくって、こんな風にダイレクトにつきあえるようになってもその線は絶対越えられない。その線の向こうには、丁寧に積み上げてきたこの友達以上家族未満の関係は存在 すると思えない。だから、と思っていたオレの心を試すように獄寺は寄りかかってきた。
 助けてトトロ!
 冷静だったら笑える叫びだった。勿論心の中で叫んだから獄寺には聞こえない。けれど、これは、一体どうしたら。
 "普通の友達だったら"と野球部の仲間を思い出す。あー、だいたい突き飛ばすわ。重いなー暑いなーつって。無理無理。獄寺にそんなの無理。線を越える前にオレ死ぬ。殺される。アルコールでほてった肌とか同じシャンプーの匂いとか獄寺の匂いとかが一気に押し寄せる。オレ今世界で一番叫べる。いや、だれもそんな競争してねーけどさ。トトロー!画面では、まっくろくろすけがぽんぽん飛び出している。ツナ、オレ、どうしたらいい?あー、そうだ。前にツナと三人で映画を観たときも獄寺は途中で寝たんだよな。スパイダーマンかバットマンか。なにかそういうのを観に行った気がするけど、ツナ越しに寝る獄寺を見たらツナと目が合った。気持ちが見破られたかと内心焦ったけれど「そっとしとこうね」という合図だったらしい。勿論、映画が終わった後、獄寺は土下座せんばかりの勢いでツナに謝っていたけど。
 獄寺はずるずる肩から膝へとずり落ちて行った。あれ?寝てる?あぐらをかいた膝の上に獄寺は横向きですやすやと寝ていた。
「獄寺?」
 顔にかかる髪をそっとかき上げると湿ったその感触にまた心臓がドキドキした。なんの返事もないから少し落ち着いた。恐る恐る前髪を耳にかけて頭を撫でる。そのまま肩へと撫でていく。獄寺のしっかりした骨の上には立派な筋肉がついていた。どこも女の子みたいに柔らかくないのに。さっきの泣きそうだった顔を思い出して頬を触っていく。あぁ、ここは柔らかいや。今のうちに覚えておこうというわけじゃないけれど、きもちのいい獄寺の頬をゆっくり撫でていた。






NEXT