FANTASMINO



「ツナのとこいかなくちゃだめ?」
 出かけようと鏡を見ながらネクタイを締める山本の横で、隼人が山本の上着を両手に抱えて俯いた。
「どうした?」
 膝をついて隼人の俯く顔を覗き込む。泣きそうな困っているような、なかなか複雑な表情をしている。山本は床に腰を降ろし膝の上に隼人を座らせた。その小さな身体は山本の腕の中にすっぽり納まった。
「俺が仕事をしている間、一番安全なのがツナンとこなんだけど、隼人が行きたくないなら考えるよ」
 隼人は山本の腕にしがみついて言葉を探して、意を決したように顔を上げた。
「…こまる?」
 おずおずと山本の顔を伺う隼人。山本は隼人にそんな顔をさせたくなくて、にぱっと口を大きく開けて笑う。
「全然。隼人の行きたいとこに行こうぜ。どこに行きたい?」
「おしごとは?」
「いいよ。隼人が大事」
 隼人は山本の袖をぎゅっと掴んだ。山本を困らせるのは本意ではないのだ。
「ごめんなさい。だいじょうぶ。ツナのとこいく」
「ほんとに?」
「…ほんとに」
 隼人の額に自分の額をくっつけると隼人は真っ赤な顔をした。
「はーやーと?」
 隼人は小さな唇を噛んでもう何も言わないというかわいい意思表示をみせる。山本はそのいじらしさがかわいくて困ってしまう。それを勘違いした隼人は慌てて山本の胸にしがみつく。
「いく。だいじょぶ。ランボこわくない。あ」
 もみじのような小さな両手で口を押さえる。
 ――笑っちゃだめだ。ここで笑っちゃだめだ。
 山本は力ずくで笑いたくなる気持ちを抑えこむ。
「ランボ嫌い?」
 ううん、と隼人は少しだけ頬を赤くしてサラサラと音が聞こえそうな銀髪を揺らす。
 ランボとは、山本の友人でありボスの綱吉の家庭教師のツレのことだ。他ファミリーのヒットマンだが山本が綱吉と知り合った時には既にボンゴレに馴染んでいた。年齢不詳で人当たりが柔らかく、ヒットマンと言うよりもどこかのマダムのツバメです、と言う方がぴったりだった。そんな男が隼人に嫌われるようなことをするはずも無く、寧ろ反対で、隼人に一目逢ったその日から隼人を構いたくて構いたくて、仕方がない状態に陥ったのだ。
 人見知りの激しい隼人に対してボンゴレ屋敷の使用人達は少しずつ少しずつ距離を埋めてくるのに、ランボは一足飛びに抱きついてきた。急激なスキンシップに隼人は驚き硬直し、そして一目散に山本に逃げ込んだ。山本は必死で涙を堪える隼人を抱えて、血相を変えてランボに詰め寄ろうとした。が。
『驚かせちゃった?ごめんね。隼人すんごくかわいいんだもん。とろけちゃうよね。たくさんプランツ・ドール見てきたけど、この世で二番目にかわいい。山本さん隼人に出会えてよかったね。隼人も山本さんに出会えてよかったねー』
 と本当にとろけそうな笑顔で返されたら山本とてそれ以上強く言えない。
『二番目ってのが気になるけど』
『うん。一番かわいいのはウチのだから。でも山本さんにとっては隼人が一番だよね』
『ランボもマスターなのか?』
 ランボは直接に応えず笑うだけだった。
『あぁ…あそこはね…うん、オレも小さかったからさ…』
 綱吉にランボのプランツ・ドールについて聞いてみると、綱吉はあらぬ方向を見てハハハと乾いた笑いを零してかわされた。どうやら綱吉も少なからず因縁があるらしい。
『ランボのプランツ・ドール?勿論知っていますよ』
 書庫で眠る隼人にブランケットをかける骸がギリギリ山本に届く声で応える。耳のいい隼人が起きないように。ブランケットごと抱き上げた山本に何かを含んだ笑顔で骸が囁いた。
『世の中には知らない方がいいこともあるんですよ』
 ――なんで誰も教えてくれないんだ?






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