愛とは、次(みらい)を信じることである。



 忌むべきもののように、シャマルはそのビジネスカードに触れなかった。何かを忘れているようでシャマルはうろうろと店内を歩き続けた。よくない精神状態はプランツ・ドール達に波及するのでなるべく平静を保っていたというのに。リボーンは初期型で長く生きている。リボーンが時々口にした"ブラディ"と呼ばれるプランツ・ドールは戦闘に特化されていて、自らマスターを選ぶことなく決められたマスターに仕え、彼が死んだ時に彼もまた狂い、その場にいた全員を虐殺したという。すでに時がたちすぎて大部分の初期型は永眠しているが、リボーンはどんな機能だったか…。洒脱な奴である時期が来ればコールドスリープめいた長期の睡眠をとって命を長らえていた。リボーン、リボーン。
RE-BORN。
そうだ、奴はマスターの命を動力源とする呪われたプランツ・ドールだった。最近は自制することができるようになったと聞いていたのですっかり忘れていたけれど。
 マスターの体温を熱エネルギーと変換して自らの動力にしているが、その分マスターの老化が早くなる。人の生命も「定量エネルギーの法則」らしく、マスターの未来の分までリボーンは喰うことができるらしい、と。リボーンの命はマスターの命が無くなると同時に終わるわけなので、ある意味理想のエンディング、ということになる。
 最初のマスターの命を喰ったリボーンは、己の能力に気付かずに、マスターの命と引き替えに急に成人体まで育ったらしい。それがリボーンの心に深い傷を作って、今は敢えて赤ん坊のままでいることを選択した、と聞いたことがある。
「ランボ!!」
 もし、ランボがずっとリボーンを抱えたままだったらまだ奴は死んでいない可能性がある。その代わり、ランボの命を吸い続けるとしたら。
 枯れ木のように痩せ細って倒れるランボとそれを見下ろすガラスのような目をしたリボーンを想像してシャマルは携帯電話を開き、ビジネス・カードの番号をプッシュした。
「もしかしたらまだ二人は助かるかもしれん。あんたの情報網を総動員して探してくれ」
 続けて別の番号をプッシュする。数人の情報屋をあたり、祈るように膝をつく。人の心なぞ持っていないような仏頂面のドクターだが、プランツ・ドールの涙にだけは抵抗できない。何も言わず、ただはらはらと零れる涙は純粋だから美しい。純粋だからどんな人の心にも染み渡る。それに、シャマルは人生を達観しているようなリボーンをどこか好いていた。もう一度悪態をつけるならば。

 本気になったシャマルはすぐみつけられると踏んでいたが、数日たっても二人の足取りは全く捕まえられなかった。
 誰もがあきらめていた。もう二人はこの世にいないものだと思わざるを得なかった。
 多忙なはずのドン・ボヴィーノも日を空けずにシャマルの元へと訪ねてきた。特に何を話すわけでもないが、同じ悲しみを共有しているというシャマルの嫌うセンチメンタリズムのせいかもしれない。華やかな店内が弔意で溢れてプランツ・ドール達の気持ちもどこか落ち気味だった。彼女らを眺めながら、もう駄目かもな、とシャマルはつぶやいた。
 ここにいるプランツ・ドール達も、自分も。特にドール達はシンパシー機能が強いので、いつも楽しくさせていなければならなかったのに。
「わりぃな、みんな」
 一人一人頭を撫でていくと、プランツ・ドール達はふんわりと微笑んだ。彼女達を一瞬にして華やかにさせたランボのことを思い出す。
「――見つけましたよ」
 ドアの鐘の音もさせず、吸血鬼のように黒ずくめの男が戸口に立っていた。ブラディの異名を持つプランツ・ドールの黒いレインコートからは雨滴がぽたぽたと床に染みをつくってゆく。
「彼らの住居のそばの教会にいました」
 同じプランツ・ドールなのに、纏う空気は店内の華やかさとは一線を画していた。
「ワケありと判断した教会側が二人を匿っていたようです。ただ、目覚めない二人をもてあましているようでしたが、奇跡として扱っているようですね」
 シャマルはブラディの頭をぐしゃぐしゃと撫でて「よくやった」と褒めた。その言葉に初めて彼は少し微笑んだ。






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