愛とは、次(みらい)を信じることである。



 二人の写真を持っていたことで、シャマルは教会の奥へと通された。質素な部屋のベッドに寝かされているのはリボーンを抱いたままのランボだった。やつれて青白い貌をしているが、首筋を触るとゆっくりだが脈を打っていた。腕の中のリボーンはニットの帽子とマフラー、そして手袋をされていて、顔は殆ど見えない。
「二月ほど前からずっと眠り続けているんです。二人はよくここに来ては長時間祈っていました」
 ――そりゃ絶対居眠りしていたんだぜ。
 そっと茶々を入れる。ニットの隙間からリボーンの細い首筋を辿るがこちらに生体反応は無い。
 ――どうすっかなぁ…。
 眠り続ける二人を前にシャマルは組んだ腕の先で顎髭を弄った。
 背後の聖職者は目前の奇跡を持っていかれるのでは、と神経を尖らせているのが見なくてもわかる。
「ランボ、おい、起きろ、ランボ」
 ペチペチと頬を叩き始めたシャマルを慌てて止めに入る。
「こいつは普通の人間だ。この、悪魔みたいなものに命を吸い取られて眠っているだけだ」
 証拠だ、とランボのシャツの腕をまくり上げる。度重なるリボーンの特訓で所々硬化した肌が再生している途中で鱗状になっていた。
「ひっ!!」
 鱗は蛇を連想させて聖職者は慌てて十字を切った。
「ずっとこのまま寝かせていたんだろ。それは良かったな。今から悪魔祓いをすっから出てろ」
「道具は準備しなくてもいいんですか?」
「あー。えと、必要になったら呼ぶから外に出ててくれ。わかるだろう。悪魔は人間の心に反応するから人数が増えると厄介だ。おまえさんだけが外にいてくれ。いいな」
「神と精霊とイエスの御名において」
 軽く膝をついて、十字架に口づけをして聖職者は去った。
「さて」
 ランボを起こさないことには何も始まらない。シャマルはランボを乱暴に起こして、揺すった。
「ランボ、ボヴィーノのランボ、起きやがれ!」
 がくがくと前後に揺すられて、首ががっくんがっくんと前後に入れる。リボーンを抱いた形で固まった腕が解けないのはもう執念か。
 頬を左右に叩いていると、ビクンと反応して薄く目を開いた。初夏の緑をを連想さえた溌剌といた瞳の色は暗く空洞のようだった。焦点が合うまでじっと待つ。
「…シャ…マル…?」
「おう。よく気付いたな。リボーンを助ける方法がある」
 ランボはシャマルの言葉がつながらないようで、しばらくぼんやりしていたが、数秒後にカチリと鍵穴にはまったように理解して一気に瞳に力が戻った。
「その代わり、おまえの命の保証はしない」
「いいよ。おれの命はあの時、リボーンにもらったようなものだから」
「成功するか、失敗するかは俺にもわからん」
 長時間寝ていたランボは起き上がる気力もなく、シャマルの支えが無くなったとたんにくたりとベッドに横たわる。どうしたらいい?げっそりと痩せ細るランボには少年の面影が無かった。文字通り命をかけて、そしてその命は消える直前のようだった。
「リボーンは変わったプランツで、昔、マスターの命を吸って成長したことがあったんだ。その代わりマスターは命を無くした。おまえがずっと抱いていたことで、リボーンの命はかろうじてつながっている可能性がある。だから、おまえが自分の命をリボーンに与えれば。もしかしたら」
 ランボはひび割れた唇を笑いの形にして、リボーンの頭に口づけた。
「大きく、なった、リボーンは、きっと、すごく、かっこいいん、だろうなぁ」
 ランボは祈った。
 ――神様。どうか、おれの命をリボーンに繋いでください。
 二人でよくみた、大きなステンドグラス。暗い教会の中、そこだけが明るかった。パイプオルガンの音色。ミサでの幾重にも揺れる蝋燭の炎。眩い雷。全身を貫く痛み。
 『俺が愛してやってんぞ』
 リボーンのニヒルな笑顔。赤ん坊のくせに!!
 レディ・ファーストをたたき込まれた。
 そうだ、今度はおまえの話を聞かせてよ。どんな人生を送ったか。どんなマスターに出会ったのか、その女癖の悪さはどうやって培われたのか。ぜんぶ、ぜんぶ教えてくれよ。でもって、今までのマスターを思い出して悲しくなってきたら代わりに泣いてやるよ。泣くことにかけては、おまえにも負けないよ。
 ――リボーン、リボーン、リボーン!愛しているよ!!
 最後の力を込めて、ランボはリボーンを抱きしめた。
 そして。

 そして、意識は白い闇に溶けていった。
 ――俺も愛しているぞ、アホ牛。
 最後に聞いたのは、変わらない、艶やかな声。

 そして、白い、闇。






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