SWEET MEMORIES



「とりっくおあとりーと」
 目の前の小さな子供は黄色のマントを着て、カボチャのお化けになって、小さな両手を握り締めて恥ずかしげに小さな声で言う。
 ――お菓子をくれないといたずらしちゃうよ。
 お菓子より愛情が必要なプランツ・ドールの隼人がかわいくてかわいくて。綱吉は固く握り締められている小さな両手を広げて、その中にキャンディーの山をつくって。
「とってもかわいいよ。隼人」
 と、かぼちゃの頭をぽふぽふと撫でた。
 後ろの山本に聞くと、かぼちゃのお化けのマントはランボから貰ったという。
 ――綱吉は思い出した。
 もう、すっかり遠い過去になってしまった小さな頃のことを。

 初めて見たときはすごく大きく見えた。
 共通しているのは「黒」。
 それは子供の時分から接している色(なにせマフィアの色)だったから怖くはなかったけれど、三人に共通していたのは闇のような底の見えない黒。
 それでも一人は慈愛の手を、一人は厳しい愛情を、一人は無条件の優しさをくれたから綱吉は自分から両手を伸ばした。
 そして今、綱吉はその一人から逃げていた。
 ――なんで、こんなに、広いんだ!!
 追いかけられる恐怖ですくむ体はすぐに息が上がる。彼の三歩は追いかけてくる彼の一歩にしか過ぎないからもっと早くどこかに隠れないと!
 ――むくろ!むくろ!
 怖い夢を見たときも寂しいときもたのしいときも、いつもいつも骸がそばにいてくれた。抱きしめてくれた。どんなときでも呼べばすぐに助けてくれた。
 なのになんで今、いないの!
 綱吉はストレスで叫びだしそうになる。
 パタパタと絨毯の上を走りまわるうちに、ようやく後ろの彼が来そうもないところが閃いた。館の奥、独特な雰囲気と匂いが苦手で近寄らなかったところ。あそこならきっとみつからない!
 古めかしい、厚い木の扉を体全部を使って開けると黴臭い匂いがもわっと綱吉を包む。しかめっつらですばやく入り扉を閉める。薄暗い重厚な本棚がいくつも並ぶ図書館と言ってもいいぐらいの書庫。綱吉は自分の中の恐怖心を必死で抑えてそろそろと壁に背中をつけて奥へと移動した。
 決して掃除をしていないわけではなく、大量の本が醸し出す雰囲気に圧倒されているだけなのだが、六歳の綱吉にそれが理解できるはずもなく。また、明かりのスイッチは綱吉が届く場所にもなかったので薄暗い書庫の中を歩かざるをえないだけだった。ここでしばらく隠れていればきっと骸が助けてくれる。全く根拠は無かったが、綱吉はそう信じていた。
 本の隙間から入り口の扉が見えるところにしゃがむ。抱えた膝に顎を置いてじっとその入り口をみつめる。なんで、鍵をしなかったんだろう、と後悔してすぐに「骸が入って来られなくなるから」と理由をみつけて納得する。ひとまず落ち着いたところでやっと呼吸ができた。激しく動く心臓の音が徐々に収まっていく。走り回ったことで火照った体もゆっくりと温度を下げていった。
やがて緊張は途切れ、入り口を凝視していた綱吉の大きな眸はゆっくりとゆっくりと閉じていった。
『遅くなりました、マスター』
 心待ちにしていた骸の腕に包まれて、綱吉はようやく息ができたような気がした。
 ――大丈夫。来てくれるって思ってたよ、むくろ。
 自分を包む暖かさを握り締める。と、骸とは違う感触に慌てた。
「あ、起きた」
 綱吉は逃げられなかったことに悔しくて泣きそうになる。
 自分を抱くのは骸ではなくて家庭教師のツレのランボ。楽しい遊び相手。
「俺の勝ちね」
 だけど、今は正直うっとおしい。だいすきな笑顔も今の時期だけはだいっきらいになりたくなってしまう。基本的にやさしい綱吉は自分を好いてくれる人を嫌いにはなれないのだけれども。
「ズルイ!」
 泣くのすら悔しくて大きな声で主張をする。
「ちゃんとツナとの約束を守ったのに?」
 かしげた翠の眸が潤むけれど今日は負けない。ぐっと唇を噛んでだいすきなランボを睨む。
「お昼寝もしたし、晩御飯まで遊んでいいって」
「やだやだやだ」
「俺と遊ぶのはいや?」
「じゃなくて!」
 腕の中でじたばた暴れる綱吉をものともせずランボは上手に抱えながら綱吉の部屋にたどりつく。
「かくれんぼでみつけたら着てくれるって約束したもんねー」
「ぼ、おれはもうこどもじゃないんだぞ!」
 必死の反抗もランボの目を輝かせただけだった。ぎゅうううっと抱きしめられて息が出来ない、と小さな拳でランボをたたく。
「むくろも喜ぶと思うよ」
「なんでさ?」
「だってツナがかわいいとみんな楽しいもん。嬉しいもん」
「ほんとに?」
 うんうん、とランボはうなずきながら綱吉を床に降ろす。なんかはっきりしないなぁと綱吉は思いながら「むくろー」と探した。
「ツナ万歳して」
 いやぁな顔をして振り向く綱吉に構わず、ランボは端正な顔立ちを笑いながら崩して綱吉に虎模様の着ぐるみを渡した。
 ――いつかそのみつあみをひきちぎってやる!
「アハハハハ!そういうのは心の中で言いなって」
 綱吉の密かな決意は思わず言葉になってしまいまたもやランボを盛大に笑わかす羽目になった。






NEXT