愛とは、時々我が身を振り返ることである。



「実戦の経験は?」
「初めてだ」
「は?」
 小型ジェットを操縦するイエミツのアホ面がおかしくて、声を上げて笑った。レーダーにひっかからないように低空飛行をしていたので、機体が森につっこみそうになる。心の中で「この体ではな」と付け加える。
「まぁ、ヤツのランキングなら間違いないからな」
 イエミツは自分を納得させるようにつぶやいて、操縦に意識を戻した。
 北イタリアのある町の屋敷に囚われているらしい。そのボディ・ガードにつけている発信機で場所はすぐに判明できたが、潜入が難しい場所なので対応が後手に回っていた。俺が加わったことで、プランAの実行が可能になり、今向かっている、というわけだ。
「簡単に誘拐されるタマにはみえねーがな」
 写真の男を思い出して、うすら寒さを覚える。
「いろいろあんだよ。逢えばわかるさ」
 目的の場所に着いた。急角度で降下していく。ドアをスライドして開けると機内に強風が吹き荒れた。
「ツナたちを捕獲したらすぐ救出に向かう」
 最低高度でジャンプ。イエミツは急角度で上昇し、雲の向こうに消えた。タイミングを見計らってパラシュートを開き、ゆらゆらと降下する間に地形の確認をする。半島の先、前方が海、それ以外は森で覆われた屋敷に潜入して脱出するとなると、確かに一人じゃ無理だ。逃走経路がない。
 狙撃されることもなく、森の端に降り立つ。パラシュート器具を小さくまとめて茂みに隠し、赤外線ゴーグルと集音機をつける。1時間ほどで外壁にたどり着いた。奪還を予想して大勢の下っ端が巡回しているが誰も気付きやしない。
 『ツナたち』と叫んだイエミツの最後の言葉が気になった。ツナヨシ以外にも擁護しなければならない人間がいるんだろうか?それは契約に入っていないぞ。
 屋敷にもぐりこむと流石に見つからずに進むのは無理だった。玄関で、階段で、銃撃戦を繰り返しながら発信機のモニターを頼りに進む。屋敷に入り込んだ合図をした後、イエミツが空中から陽動のための爆撃を行っている。それで向こうの戦力が半分になっているのだろう。
モニターは立体構造表示の為わかりやすい。こんなアイテムを実戦で使えるところから、ボンゴレの財力と科学力が知れてくるというものだ。
 奇声を上げて飛び込んでくる命知らずの腕をとり、首の骨をずらし盾にしながら地下の石畳を進む。最後の邪魔を倒し、光源まで後少し、というところで行き止まりになっている。ミニライト程度の光量ではぼんやりとしか浮かび上がらない暗い地下道。道を間違えたか、それとも、入り口を間違えたか…。迷っている時間も、引き返している暇もなかった。優秀なボディ・ガードとやらを信用して生命反応から大幅に横にずらして壁にバズーカをぶっぱなした。案の定、向こうは空洞になっていた。
 粉塵の煙が舞う中、ユラリと人影が立ち上がる。
 恐ろしいほどの殺気だ。
 ためらわずにバズーカを放つと、同時にその人影が懐に飛び込まれバズーカを上向きに振り払われる。この距離で!?この反応速度は人間じゃない!
 あらぬ方向にバズーカ砲は着弾し、天井の一部が崩れる。それを認めることもなく白刃が閃いた。のけぞって避けるが、一筋頬を切っ先が走った。
 白刃を振るう腕を掴むのが精一杯だった。
「ツナヨシ!?」
 写真の男だった。写真と同じように暗い湖の底のように冷たく微笑する瞳。
 そして、そして、こいつは―ー!
 同時に、向こうも俺に気付いて殺気をやや潜めた。
「貴方は?ーーも?」
「イエミツに依頼されておまえを救出にきた」
「誰を助けに来たんですか?」
「ツナヨシを」
「じゃあ、彼を(と崩れた壁の向こうを指差し)お願いします。僕は道を拓いてきます」
 力を入れていた腕を簡単にほどかれてソレは俺が来た道に進んだ。
「彼には見せないでくださいね」
 写真のイメージそのままの、人ならざる殺気を羽根にして銃撃戦の最中に飛び込んでいった。
 アレがいた場所に踏み込むとコートを被せられた小さな塊があった。光源は走り去ったが、俺の本当の目的はこれだろう。コートを摘み上げると、子供が膝を抱えて座り、顔を膝の上に伏せていた。
「ツナヨシ」
 呼ぶと顔を上げた。純粋な、まだ世の中を、穢れを知らない瞳。イエミツはなぜ、アレの写真を見せた。なぜ、最初から二人いると説明しなかった?
なにより、何故アレがここにいる?
「だれ?」
「イエミツに頼まれて、来た」
「むくろは?」
「帰る準備をしている。…ムクロにおまえを守れ、とも言われた」
「お名前は?」
「リボーンだ」
「リボーン、ケガしてるよ?」
 しゃがむ俺の頬の傷に舌を伸ばしてきた。おまえはあのアホ牛か!!殴りつけようとするのを理性で止める。
 さて。ムクロの言葉を思い出す。きっとこの先は惨状だ。上着を脱いで、ツナヨシの頭から被せ、コートごと抱き上げる。
「ツナヨシ目を閉じろ。イエミツがいいと言うまで目を開けるなよ」
「うん。リボーン」
 小さな両手がぎゅっと首に回る。この間までこれに同じことをしていた側であるため、少々面映い。一丁前の大人のつもりだったが、まるで子供だった。珍しく羞恥と保護欲がない交ぜになる。これが人間というものか?
 ツナヨシの小さな背中を片手で抱いた。
 まるで、ランボがそうしてくれていたように。






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