愛とは、勘違いの積み重ねである。



 夕方の渋滞に巻き込まれ、ハンドルに前屈みになりながら交差点の切れ目を探す。自分が進む番になった時、耳の側で鉄が何かを食む音と冷たい物が押し付けられた。
「お前、誰だ」
「え?」
 振り向いてはいけない気がして動けない。変な汗が吹き出てくる。後続車から狂ったようにクラクションが鳴らされても、どこか遠い世界のよう。
「5数える間に答えないと撃つぞ。1、5」
 びくっと体が震えて銃弾が反れる。右耳が銃声をくらって耳鳴りがやまない。
「いっいま5も数えてないよね!」
 後ろは人形が寝てただけのはず。それとも、止めている間に誰かが入ってたのかな!?
「うっせー。俺様が撃つつったら撃つんだよ。とりあえず出せ。妙な事をしたら撃つからな」
 妙な事をしなくても撃つくせにー!!と半泣きでランボは交差点に飛び出した。信号なんて対向車なんてどうでもいい。ここで止まったら殺される殺される殺される〜!!
 心の中でギャアギャア騒ぎながら、図らずとも人生で一番のドライビングテクニックを披露したランボだった。

「で、てめーは誰だ?」
「ランボさん。ね、ねぇ振り向いていい?」
「いいぞ」
 赤信号で止まった時にランボは恐る恐る振り返る。見たかったような、見たくなかったような光景だった。
 見たかったのは人形だけだったこと。
 見たくなかったのはその人形がランボのジャケットを足蹴に銃を構えている姿。
「……アホ牛。青になったぞ」
「しゃべってる…」
 ジャキーンと銃を構えられる。
「走らねーと撃つぞ、アホ牛」
「アホ牛じゃないもんっランボさんだもーん!」
「お前なんかアホ牛で充分だ」

 泣きながらランボが約束の場所にたどり着いた時、既に30分が過ぎていた。
 携帯には一度も着信履歴がない。
「ぷ。フラれたな」
 ランボに小脇に抱えられた人形が楽しそうに言い放つ。
「うるさいな!子猫ちゃんはちょっとスネているだけだよ」
「諦めろ。こんな日に30分も待つバンビーナはいないぞ」
「う…」
 確かに今日はSan Valentino(聖ヴァレンティーノの日)。待ち合わせ場所の教会横の広場では目につく限りのカップルが楽しそうに抱き合い、キスを交している。
「が…ま…」
「おいアホ牛。腹減ったぞ。ミルク寄越しやがれ」
「うるさいなぁ。お前なんか返品するもんね」
「…店はもう閉まってるぞ」
「う…。じゃあ明日返すもんね!」
「うっせー。どうでもいいから早くミルクだ」
 人形はうつ向きながらも毒づく。
「わかったよ!ミルクだね!」
「言っとくけど、普通のミルクじゃねーぞ。シャマルから紙袋貰ったろ。アレに入ってる特別性だからな」
 ランボは車に戻り、幾つか貰った紙袋を開けると、粉ミルクの缶が数個見つかった。
「ねぇオレんちまで待てる?」
「しゃきしゃき行きやがれ」
 片腕の中の人形が嬉しそうに笑った。黒目がちな大きな目が、愛らしい丸いカーブを描き魅惑的に微笑む。人形は喋り出すわ、その人形に殺されかけるわ、カワイイ子猫ちゃんにはフラれるわのドン底気分のランボだったが人形の笑顔に不覚にも可愛い…と見惚れてしまった。






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