愛とは、同じ明日が来るのか不安になることである。



 翌昼、教会の椅子でランボは眠るリボーンを抱いていた。歩き疲れたランボはバールではなく、馴染みの教会と同じ匂いのする大聖堂に足を踏み入れた。信心深くはない。教会もミサ以外ではあまり訪れない場所だったが、リボーンが気に入りの教会をみつけ通ううちに、静謐な空気やカラフルなステンドグラスから降り注ぐ温かな空気に馴染んでいった。硬い木の椅子に座り、膝の上ですぴーすぴーと眠るリボーンを抱き、グラス越しに柔らかな日差しを感じる。静寂だが堅くはない雰囲気の中、空気の流れに舞う埃にその日差しが差し込み、神々しい静謐な雰囲気に浸る。教会からすればリボーンのような存在は異端だろうに、赤ん坊の面倒をみる少年という図式にしか認識されていないようで、どの司教もシスターも二人を咎めたことはなかった。
 ――最近、寝る時間が増えてきたなぁ。
 ランボは優しく身じろぐリボーンの体を抱きながら呟いた。
 出逢った頃はシェスタだけだったのに、最近は食事の後は必ず寝るようになっていた。起きている間もぼんやりしていることが多い。けれど、人の気配には敏感で相変わらず飛び出す言葉は毒舌で命令形で。そんなリボーンと出会った二月からあっという間に十月になった。バレンタインと夏のゴゾ島とその後は本当に観光したから可笑しい。最初は次の修行だと疑ってビクビクと観光地を回った。だってリボーンだもん。信じられるわけないって。
 ランボはそこまで考えて、くす、と笑った。いつのまにかリボーンを抱いたまま体を前後に揺する癖がついていた。まるで本物の赤ん坊をあやすように。少しでも赤ん坊扱いをすると銃口を向けるくせに、ランボのこの癖だけは心地良かったのか、リボーンは口元を波の形にして黙ってされるがままになっていた。
『中身は大人かもしんないけどさ、体は赤ん坊なわけじゃん。だから気持ちいいんだと思うね』
と、ランボが自慢げに言うのもただ微笑むだけだった。

 ――そういえばドライヴ中に文句を言われなくなったなぁ。
 ランボは固い椅子に背中を預けて目を閉じた。ランボに運転させては散々下手だの、その辺のバンビーノの方がうまいだの、あまつさえ自分に運転させろと言いたい放題のリボーンを膝に乗せてあちこち行った。衣装持ちのリボーンは水色と白のボーダーのつなぎの水着で海で遊び、一丁前にサングラスをかけてランボの隣で日焼けを楽しんだりしていた。女性の扱いはランボの比にもならず何人もの子猫ちゃんがランボの前でメロメロになるのを眺めたりした。
 最初こそ反発したものの、抵抗しても仕方が無い。「だってリボーンだもん」という諦めと尊敬が同居し始め、それと比例してランボのヒットマンとしての名声もあがっていった。それはランボ自身は預かり知らぬことだったけれども、自然とリボーンの振る舞いや態度が移った結果だった。
『てめーには男の矜持はねぇのか?』
『矜持ってなんだよ?』
『――アホだなぁ、ほんとに』
 リボーンがあまりにも嬉しそうに言い放つから、ランボは抵抗する気もなくなった。
「腹減ったぞ」
 いつのまに起きたのか、リボーンの小さい声が届いた。
「あのさぁおまえさ、腹減った、眠い、風呂の3つしか最近しゃべってないって気付いてる?」
「どっかのバカ亭主みたいだな」
「みたいじゃなくて、そう、なんだよ」
「実際、ねみーんだから仕方ねーだろ。そういう時期なんだよ。ジャッポネーゼではこの時期はいくら寝てもいいんだぜ」
「シエスタ以外も寝てていいって。なんかイメージ違うなぁ」
 学校帰りの子供達が形だけの十字を切って入っては出ていく中、ランボはリボーンを抱いてすれ違っていく。外に出る手前、まぶしさに目を細め小さな指先でボルサリーノの鍔を下げた。
『最後かもしれないってこと、忘れんなよ』
 リボーンの脳裏にシャマルの苦々しい声がよみがえる。






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