愛とは、同じ明日が来るのか不安になることである。



 いつものように朝、ランボが目を覚ましたとき、リボーンはじっと虚空をみつめていた。
「ボンジョルノ、リボーン」
 リボーンはランボの声に反応して笑った。なんの邪気もない笑顔。赤ん坊の純粋な笑みにランボは思わず胸を突かれて、そして幸福を感じた。
「ボンジョルノ、ランボ」
 そしてランボの返事を待つ間もなくリボーンは再び目を閉じた。ランボは何かがおかしい、と思ったもののその疑問はすぐに消え去った。身支度を整える為に起きたランボはリボーンに丁寧にシーツをかけた。
 全てがうまくいっているような、そんな朝だった。


 仕事が入る時はリボーンをつれていくことが常だったが、ここのところ寝てばかりのリボーンをつれていくのも忍びなく、ボスに預けていくことにした。
「”レイ・アミーチ”は、寝ている時じゃないと抱けないからな」とまるで初孫を抱く好好爺のように目尻を下げたボスを見て、くすぐったい気持ちとリボーンをとられたような気がして、ランボは心がざわめいた。
 ――彼を抱いていいのは女性以外は自分だけなのに。
 大好きなボスに対してこの強い気持ちはなんだろう?
 自分でも持てあまして無理矢理笑顔を作った。
「さっさとすませてきますから」
「気をつけて」
 皺だらけの手の甲に挨拶のキスをした。

 ランボの雷撃は周囲へ及ぶために、単独行動になることが多かった。リボーンに仕込まれたのは女性のエスコートのやり方だけでは無く、一人で任務を遂行するための注意事項。
 ――自分がひとりだと悟られない時は通信をしている振りとか思わせぶりなことすんだ。でも、お前のことだからせーぜー五分もしねーうちに見破られるから速攻かけることだな。
 すまし顔でミルクをまるでエスプレッソのように飲んでいた。
 そのリボーンを思い出しながらランボは迷路のような路地を走り回り、追いかけられているようで実は複数の敵を袋小路に追い込んで――雷激を一筋。  雨天でもないのに雷の轟音が響き渡った。

 ランボの雷が雨を呼んだのか、ボヴィーノの総本部に戻った時は先が見えないほどの土砂降りだった。ずぶ濡れのランボがエントランスを抜けた頃、二階からボスが降りてきた。ランボの帰りを待っていた態に、そんなに自分の帰還が待たれていたかと、ランボは相好を崩す。
「ただいま!!無事終了しました!リボーンは起きました?」
 二人が濡れないようにランボは敢えて距離をとる。ボスの腕の中のリボーンはまるで変わりなく、寝ているようだった。
「さっきまで起きていたんだが、急に動きが止まって」
 え?とボスに抱かれるリボーンを覗くと大きな眸を開いたまま、表情を無くしていた。目を開けたまま寝ているような感じを受けた。
「リボーン?」
 呼びかけてもまるで反応はなく。
「寝てるだけだと思います」
 シャツで拭った指先でそっと瞼を下ろすと、抵抗なく閉じた。
「不思議なものだな、プランツ・ドールというのは。人形のようで人間みたいで、そして、人形みたいで」
「そうですよねー」
 このままリボーンは目を覚まさないんじゃないかとふと不安になった。
 リボーンと出会ってから、何があってもこんな風に心がざわめくことはなかった。そりゃ修行では死にそうになったけれども、へたれだった自分が曲がりなりにもヒットマンと名乗れるようになったし、少しは男らしくなったと思う。なにより、周りの自分を見る目の暖かさが増した。リボーンを介して新しい世界へと入ったようだった。
「リボーンは、どんな人生を送ってきたんだろうな」
 ランボの心のざわめきが一段と大きくなった。自分はリボーンに教えてもらうばかりで、リボーンに何も聞いてこなかった。どこでどうやって生まれて、どんな出会いがあって、そして、どんな別れがあって。ドールだった彼にも彼の人生がある筈なのに。
「今度起きたら聞いてみます。きっとジェットコースターのような人生を送っているに違いないですよ」
 大きなバスタオルが用意され、それにリボーンをくるんで自室へ戻った。
 おやすみなさい、よい夢を、とボスを濡らさないように、頬に口づけた。
「大きくなったね、ミオ・ヴィーゴ(私のかわいい子)」
 久しぶりに呼ばれたその愛称に子供時代を思い出した。
「ブオナセーラ ノンノ(おやすみなさい、おじいちゃん)」
 そしてボスもまた、懐かしい愛称に目を細くした。






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