愛とは、信じようとする心である。 赤い海。 夕陽が水平線に沈む少し前。 太陽は輝きをすっかり喪い、ただ燃える赤だけを地球に投げ掛けていた。 海と同じように赤く染まった砂浜もどこまでも続いていた。 沖では白い波頭を見せるも、波打ち際に届くころには鈴のような波音を響かせていた。 黒い巻毛と牛柄のシャツを風に遊ばせながら、ランボは砂浜を歩いていた。アロハ姿のリボーンを片腕で抱えて。 サクサク サクサク 裸足で砂を踏む感触と静かな夕焼けと潮風とカモメの鳴き声。 ほぼ無音に近い世界で二人っきり。 「そろそろ夕食じゃねーの?」 「そだね」 時計も携帯もない。ここは世界の最果て。 ドン・ボヴィーノの計らいで、感電死から奇跡的に復活したランボは、プランツ・ドールのリボーンと共にここゴゾ島に体を休めに来た。 「何、これ」 翌朝、朝食後、しばらく休みをとったランボに、リボーンがホテルの地下室に誘った。 地上のリゾートとはかけ離れた、まるで研究所のような部屋。手術台他機具が揃った部屋と手前のガラスで仕切られた、そこもまたなにかしら計測器のようなものがある部屋。まるで、どころかどう見ても研究所の一室といった趣である。ご丁寧に両側に角を象ったボヴィーノのシルシまであちらこちらに飾ってある。 「ボヴィーノのラボだぞ」 「見りゃわかるよ!なんで、オレは、こんなとこに連れて来られているって話!」 「そりゃお前の特訓の為に決まってるだろ」 「特訓?」 ランボは気持ち5歩ぐらい後ずさる。リボーンは自分の腕の中にいるので、あくまでも、気持ちの上で、だ。 「新しい武器のだ」 「なになに?新しい武器って」 自分には関係なさそうだ、と身を乗り出すランボに、リボーンはフッと笑って「オレがちゃんとした牛にしてやるよ、アホ牛」と言い放った。 ランボは(言われた内容はともかく)リボーンの男前っぷりに顔を赤くして「武器」について聞くことをうっかり忘れてしまった。 数分後、ランボの悲鳴と呪詛の言葉が盛大に響き渡った。 紙製の服に着替えさせられ、手術台にゴム製の枷で縛りつけられ、全身に電流を流されるというまるでごーもんのような状態で、ランボは惜しみなく涙を流し、知っている限りの罵詈雑言を叫ぶ。 「うるせーな、ボリューム下げろ」 ガラス越しにランボを眺めていたリボーンの言葉に、実験室からのボリュームが切られた。研究員たちに向かう。 「数値は?」 「雷、ということでしたので電圧は最高10億ボルト、放電量は40万アンペアです。時間にして1/1000秒ですが、今の時点では、前と同じことになりますね」 「Xデイは?」 「気象予想図から二週間〜四週間後です」 「ふむ。……2週間後目標で10億ボルトだな。計算上は?」 「無理です」 「だろうな。今は?」 「まだ50ボルトです」 「それでもすげーんだけどな。二週間で10億ボルト達成の計画表を作っておけ。レーザー誘雷の件はどうだ?」 リボーンの問いに、入ってきた研究員がペンを持つ指を上げた。 「担当です。物理的には(レーザー誘雷は)可能ですが、パルス幅の計算が終わっていません。明後日までには確定させます」 「確定したら、装置をできるだけ小型化する方向も進めておけ。そっちは一週間以内、だ」 「了解しました。分子磁石も並行して進めていますが、こちらも小型化を目指します?」 「そうだな。進めててくれ」 他の研究員にも指示を進めて、改めて実験室のボリュームを上げさせる。ランボは叫びすぎて喉が枯れたのか、電流に耐性ができたのか、のどをしゃくりあげる音だけが響いていた。 「アホ牛、もうすぐ終わるからがんばれよ」 マイクを引き寄せさせてリボーンが声をかけると、ランボがガラス越しに泣きはらした目を向けた。 フォローが大変だな。リボーンはそっとためいきをついた。 立つ力もないランボは崩れそうな体を車椅子で部屋まで運ばれた。リボーンはちゃっかりゴムの長靴とゴム手袋をして膝の上にいた。「感電したくないからな」という身勝手な言葉にもランボは返事をする余裕もない。 ゴム手袋をした職員によって、紙の服のままぬるま湯を張ったバスタブに入れられた。バスオイルはシシリア・レモンを彷彿させる、ゆるい柑橘系。ランボは死んだようになすがままにされていた。 「恨んでいいぞ」 丁度、バスタブの縁あたりにくる小さな椅子にリボーンは座らされていた。リボーンの言葉にランボは視線だけ動かした。 「…リゾートだったんじゃないの?」 「おまえの為だぞ」 「リボーンとゆっくりできると思ってた」 「んな時間ねーんだ。重体だったおまえをボヴィーノに無理やり移動させた理由は聞いたか? ランボは頭を横に振った。 「巷でおまえの噂が広まったからだ」 「どんな?」 「おまえ一人でファミリーを壊滅させたってな。ニューカマーの怪我が治る前に潰せという色めきたったアホたちが出てきたんだ」 「…そんな…」 「単なる先走りじゃねーんだ。てめーのその帯電体質は世界中でただ一人しかいねーからな、それを武器にしない手はない。今のままじゃ三流以下のヒットマンにしかなれねーんだから、死ぬ気で本物になりやがれ」 「無理だよ」 「二週間で完成させるからな」 「無理だって」 ぶくぶくと空気を吐きながらランボは水面下に沈んだ。 夜明けの薄闇の中、ランボは隣ですやすやと眠るリボーンを眺めていた。 昨夜から逃げることばかりを考えていた。その度にドン・ボヴィーノの柔和な顔が浮かんで、心が躊躇う。ここで逃げることは彼を失望させることになる。そして、ランボも帰る家を失う、ということだ。 電流が体を通るのは痛くて呼吸もできない。連続して電流を通されると、体が痙攣してわけがわからなくなる。永遠に続きそうな辛さにいっそ死を選びたくなる。 どうして、自分ばかりが、こんな辛い目に。 涙が静かに溢れ出す。 逃げたい。でも、逃げられない。だったら、死にたい。でも死にたくない。 誰か、この地獄からぼくを助けてよ。 どうしよう…と、食いしばりすぎて切れた唇がかさつく。 「逃げるか?」 ぱっちりと目を開いてリボーンが問う。 「逃げられるの?」 「逃げればいいさ。てめーの人生がそこで終わるだけさ」 「オレを殺すの?」 「てめーが自分で幕を引くだけさ。ボヴィーノにも戻るわけにいかねーし。理想の自分が手に入るのに、それから逃げたことを後悔するだけの人生になんだよ」 「リボーンはどうするの?」 「てめーが生きている間はそばにいてやるけど、そんな退屈な人生願い下げだ。てめーを殺して新しいマスターを探すとするさ」 「やっぱり殺されるんだね。リボーンにでも、死ぬのはやだな」 リボーンは小さい肩をすくませた。赤ん坊のくせに決まっているなぁ、とランボは思った。 「俺は怒ってんだぞ。最期に俺のこと信用しなかったよなぁ」 「いつ?」 「死ぬ前に、俺が銃を構えた時だ」 ランボは記憶をさぐった。 「あぁ…」 追い詰められたランボがリボーンを抱えたときに、最後の一人をリボーンが撃ったときのことだった。ランボは腕の中のリボーンが自分に銃を構えたときに裏切られたと思った。 あの状況で自分の心の動きまでリボーンは読んでいた。 「これはそのときのおしおきだ。てめーが俺様を疑った罰だと思え」 ランボは呆れて口を開くが言葉がみつからない。 「アホ牛に最後のチャンスをくれてやる。俺を疑うな。てめーはそれだけ考えていろ」 リボーンは言うだけ言って、すぴーすぴーと眠りに戻った。 ――俺を疑うな?…信用しろってこと? そんな簡単にいかないよ。でも、理想のオレからは逃げたくないなぁ。 リボーンに蹴り起こされるまで、ランボはうつらうつらと浅い眠りを漂っていた。 |