それでも世界は美しい。 わずか三分ほどの出来事だった。一撃で止めをさされた男達のうめき声が上がる中、雲雀は息一つ前髪一筋乱さずに立っていた。 その耳にキリキリキリとかなりの重量の乗り物が動く音が届いた。振り返ると砂埃の向こうに、まさかこんなとこにいるはずのない、戦車が数台しずしずと現れた。雲雀へ向けられた砲身の先がキラリと陽光を反射する。雲雀はタンクを認めた瞬間、射程距離外になるほど近くまで走りこみ、キャタピラの間にその身を滑り込ませた。タンク内ではスコープの向こうに雲雀を認めた次の瞬間に消えたので、一瞬沈黙に包まれた。その沈黙を破るように足元からノックの音が聞こえた。足元?そこは地面しかない筈だ。ガン!ガン!と殴打が続き、破れるはずのない床から槍のような突起の先が覗いた。地面とのわずかな隙間からそんな攻撃を受ける事を想定をしていなかった男達は罵声を飛ばし、タンクのスピードを上げた。いくら戦車の底の装甲が薄いとはいえ、普通車の装甲とは訳が違うのだ。人間の力でできることじゃない。 急に走り出した彼らに何があったのだと他のタンクから通信が入る。敵が下に潜りこんで装甲を破っているなんて説明しても信じてもらえないだろう。死神の足音のような殴打音が止み、握りこぶしぐらいの大きさの穴が開いた。男達はすぐに靴底で塞ぐなりそこから銃を差し込んで撃てば良かったのだ。三対の目が見守る中、コロンと手榴弾が押し込められた。信管が抜かれているのを確認した次の瞬間に爆発した。 爆発する直前にタンクの下から抜け出した雲雀は、埃まみれのまま、次のタンクへと走り、ジャンプして砲身を力任せに殴り、真ん中ほどから斜めに曲げた。間髪をおかずに次のタンクに飛びつき、上部の入口を叩き始める。何トンもの圧力でも折れない筈の間接部が外れ、雲雀は蓋をこじ開けると、中の軍人を引っ張り出して横殴りで背後へと飛ばした。狭い室内から雲雀に向けて銃声が響いた。雲雀の頬をかすめざっくりと赤い傷口をつくったが、痛みも怒りも映さない眸に銃を撃った男は恐怖をおさえられず叫んだ。 「煩い」 雲雀のトンファーの一振りで内部は静寂が支配した。雲雀の背後でもう一台のタンクが爆発したようだ。砲身が曲がっているのに気付かずこのタンクに向けて発射したのだろう。雲雀はタンクの内部で携帯を取り出した。 「一台抑えたから回収して」 『了解。恭さん、まだ他にもいるようです』 雲雀は新しい敵の出現にも眉一つ動かさず、タンクの外に出た。 二台のタンクがまだ炎上し黒い煙とたんぱく質が焼ける匂いが充満していた。雲雀は煙の向こうに大勢の人の気配を感じた。 唾を吐き、トンファーを振って血を飛ばす。首を回して体をリラックスさせた。逃げることなく走り出す雲雀の口元にわずかばかりの笑みが浮かんでいた。 陽が傾く中、雲雀は木に寄りかかって肩を大きく動かせて呼吸をしていた。ここに来た時は昼過ぎだったのにまだ攻撃が終わる気配がない。両足のふくらはぎが細かい痙攣と痛みを訴え始めていた。肉離れを起こしているのかもしれないと思いながらもそれ以上に、血圧の低下による眩暈が頻繁に起き始め、雲雀の視界を奪っていた。 三台のタンクを倒した後、傭兵部隊とおぼしき集団と死闘を繰り返し、誘い込まれる団地奥はただの工事現場だったはずなのに、いつのまにか軍隊の演習場のように高い鉄条網に囲まれ、いたるところに重装備の傭兵達が配置されていた。一部残された林の中、樹木の陰に隠れて体力が戻るのを待っていた。ボンゴレ最強の守護者と噂される雲雀といえども長時間の戦闘や充分な装備と訓練を受けている部隊を一人で相手にするには無理があるというものだった。まるで自分じゃないようなぜいぜいとした喉を通る呼吸音すらわずらわしい。 体を丸めた雲雀の背後に数人の男達がいた。雰囲気からしてホワイトカラーのようだった。何を話しているのかさっぱりわからないが、時折ヒバリと名前が混ざることから自分のことだろうと見当をつける。彼らの周りにも数人の傭兵がついていることからここが本部なのかもしれない。休んでいる間にも時折かすむ意識を取り戻すように、ぱっくりと切れた手のひらを握り締めるが、その腕も熱を帯びて腫れていた。銃器だけではなく、ナイフなどの暗器や何種類かの体術も相手にした。スーツのあちこちが切れ、ネクタイは左腕の出血を止めるために固く結ばれていた。 体力の低下が注意力の低下も招いていたようだ。雲雀は不意に現れた男に胸倉を掴まれるのを避けられなかった。男は鍛えられた筋肉で雲雀を片手で釣るし上げ、何かを叫んでいた。罵倒か勝利の雄叫びか。雲雀は日本語以外全く理解ができなかったので好きなようにさせていた。殴られても鉛よりも重い体をされるがままにぶら下げていたが、倒すべき相手を前にしてふと体中に力が戻るのを感じた。何事かを言い続ける男の腕を掴み、支点にして足を振り上げると、勢いで男の腕がよじれ肩が外れた。雲雀は男のこめかみに膝の一撃を送り、胸元の力が緩んだのを見計らって男の背後から両膝で頭部を包むように肩に乗り、トンファーを振り下ろした。 言葉にならない叫び声を上げて倒れる男から宙で離れ、着地をしたが、空中でバランスを崩して無様に地面に転がった。何かを飛ばすように、腕を払う雲雀の腹を別の男が思い切り蹴り上げる。 払った腕の先を見る雲雀の両肩と両足が近距離から銃で打ち抜かれた。 「…ぐっ!!」 うずくまった雲雀は誰かの足で仰向けに転がされ、汚れた軍用ブーツで血が流れ出す肩を踏みしめられる。 逆光で顔のない傭兵を睨むが、注射器が視界に飛び込んできて、首筋に当てられると、急速に意識は途切れた。 |