それでも世界は美しい。 「うぉぉい!カスじゃねぇか。まだいやがったか!」 背後から大きな声が、肩には片手が降ってきた。こんなに親しげな奴じゃなかったはずだけど、と、綱吉は片耳を押さえて振り向く。 「てめぇが仕事まわさねーからこっちは商売上がったりだ」 「煩いって」 ボンゴレ本部の廊下。昼下がりの静寂を破ったのは泣く子も黙るボンゴレ暗殺部隊ヴァリアーの次期剣帝スクアーロその人だった。辺りを憚らない不機嫌の固まりで遠慮なく威圧するスクアーロに、綱吉はニッコリと確信犯の笑みを浮かべた。 「仕事くれないって、平和なのはいいことじゃん」 「うぉぉい!カスはやっぱり死ね!」 綱吉はまとわりつくスクアーロの腕を払って向かい合う。 「珍しいね、表に出てくるって」 「仕事やらせろ、勝手にやってもいいかぁ?」 「ザンザスに殺されんなよ」 「やっぱりてめぇは会った時に三枚におろしとくべきだったなぁ!!」 「うん。オレもそう思うよ」 のれんに腕押し。さすがボンゴレ10代目。怒りのスクアーロすら受け流す。スクアーロを連れたまま綱吉の執務室へと入ると、ザンザスが綱吉の机に足を上げて座っていた。卓上の骨董品のような電話の上で指を遊ばせている。 ――タチの悪いのが揃ったよ。 「ザンザス、おまえまで暇だからとか言いに来たわけじゃないだろ?」 「そこのドカスと一緒にするな」 そこはオレの席なんだけど、と主張するのも面倒臭い(し、煩い部下もいないし)綱吉は、リボーンの定席である窓際のカウチに腰を下ろした。スクアーロは綱吉の机に腰掛け、長い足を組んだ。 「で、なに?二人して雁首そろえて」 「守護者全員の動向握ってんのか?」 「どうして?」 返事をする前に質問の意味を問うことをこの半年で覚えた。 「うぉぉぉい!こっちが質問してんだ」 「質問の意味がわかんないんだよ」 「意味は何もねぇ。何をしているか部下の行動を把握しているのか聞いてるだけだ」 「一応知ってるよ」 ザンザスは、はっと鼻で笑った。 「だったらいい」 ザンザスは机の上で組んでいた足を下ろした。 カウチに怠惰に座る綱吉の前に二人が並び立つ。圧倒的な迫力を無駄に垂れ流しているけど、綱吉は全く動じない。こんなんでビビってたらマフィアのボス稼業なんてやっていられないのだ。入口へと向かうザンザスの肩の羽飾りが綱吉の視界上部をふわふわと通り過ぎる。 綱吉はため息をひとつ。 「ザンザス、オレの守護者達に何かあったら漏らさず教えろよ」 「それは命令か?」 「そだね、命令」 ち、と舌打ちをしてザンザスは綱吉を足を止めて見下ろした。 どこか似ている面影があるわけじゃない。今でも外見だけ見ると、まるで子供と大人。それでも綱吉はかつて死闘を繰り広げたザンザスのどこかに自分と共通する何かを感じるのだ。スクアーロになくてザンザスにあるもの。それが何かは未だみつけられないけれども、全くの他人じゃないということを感じさせる何か。それはザンザスも同じようで、目を細めて、見様によっては眩しそうに綱吉と対峙する。 「草壁をマルペンサで見た」 「え?雲雀さんも?」 「それだけだ」 「いつ?おまえはどうしてそこにいたんだ?」 「先月の中頃。ヴィニタリーの観光客に紛れていたが、あの頭は見間違わねぇ」 雲雀が並盛から動いたという報告はあがっていない。まぁ、ボンゴレの密偵を並盛に入れているわけではなく、京子やハル達から聞く程度なのでたいした情報源ではないが。 「ありがとう。すぐ調べてみる。――で、二人はそこで何やってたの?」 綱吉の満面の笑顔にスクアーロの革の手袋がギュっと音を立てるが、ザンザスは無言で背を向けた。綱吉はそのままカウチに寝転んで天井の飾りを眺めながら日本との時差を数えた。が、友人経由ではなく、本人と直接連絡をとることにした。京子と話す機会はこれが終わってからでもいいだろう。 勤勉な右腕候補へ電話をする。 「獄寺君、並盛の草壁さんに今どこにいるか聞いてくれる?」 『雲雀じゃなくて、草壁の、ですね』 「うん。後で番号教えて」 どうしてだろう。話を聞いてからというもの、胸の奥にもやもやしたものが広がっていく。あの、守護者最強と称される雲雀恭也の身が脅かされることなんて、起こるわけがないのに。 それでも、草壁がいるはずのない北イタリアにいたというのが変な波長を醸し出している。 |