それでも世界は美しい。



夜闇に紛れて直近のアジトに移動し、そこから綱吉は目的の地まで一人で移動した。
草壁達の調査は念の入ったものだった。監視の隙間をぬったルートで綱吉は、敷地をぐるりと囲む壁の外まで辿り着いた。よじ登れる高さではない。中からは昼間のように明りが漏れている。
――ここから行くか。
宵闇の中、ボウと三つの炎が浮かび上がる。温かみすら感じるオレンジの炎。一直線に雲の高さまで飛び上がった。そこからは敷地内の様子がよく見て取れた。不夜城のように明るく照らされている。
なるほど、重装備の傭兵に用心棒代わりなのかよく教育されたド―ベルマンも居る。上空の綱吉の気配に気付いたのか、キャンキャンと鳴き始めたのが風に乗って届いた。
丹念に建物を見ていく。中央の大きな建物。一番厳しい警備体制が敷かれている。いるとしたらあそこだろう。
綱吉は、急降下して目的の建物の屋上に降り立った。階下へと降りる扉を焼切って投げ捨て、建物内部に侵入する。乱暴な侵入に警報が鳴り始めていた。薬品と人工的な消毒薬の匂い。本能で嫌悪感を持ってしまうような場所。数フロア降りたところで、白衣の男達と遭遇した。みんな一様に侵入者である綱吉を見て反転する。その中の一人を捕まえた。
『雲雀さんはどこに?』
『し、知らない』
『案内してもらおう』
炎を宿す綱吉に白衣の男は叫び声を上げる。煩い、と口を塞ぎ襟を持って立たせる。自分の前を歩かせて辺りを伺う。過ぎ行く部屋は様々な調査設備が揃っていた。
『何の研究をしていたんだ?』
『ア、 アッロドーラの研究を』
『アッロドーラ?捉えたジャッポネーゼのことか』
『あぁ』
綱吉は掴んでいた襟元をそのままに、壁に激突させる。
『何の、研究だ』
否定を許さない静かな脅迫に研究員は全て吐かざるを得なかった。
雲雀の尋常ではない身体・運動・戦闘能力の調査。遺伝子レベルまで研究し、戦闘兵器へのフィードバック、検査値を取り終えた後は、どのレベルから復活できるかの人体実験。
まだ続く研究内容に綱吉は我慢できずに拳を壁にめり込ませた。
『今すぐ、彼の元へ案内しろ』
顔のすぐ横に拳を叩きつけられた研究員は失禁し足をもつらせながら、慌てて立ち上がった。

伸びた髪はうなじを覆い、獰猛な生命力を宿した瞳も髪に隠れていた。かつて、華麗に舞いジェノサイドを起こした手足は地球の重力に耐えられないような細さだし、なにより、彼自身がここにはいなかった。
雲雀恭也という入れ物からぽっかり魂が抜けたようだった。
白い部屋の真ん中で雲雀は座り込んでいた。最初、耳が聞こえないのかと綱吉が思うほど、反応を見せなかった。
「雲雀さん」
綱吉は自然と流れる泪を止められず、雲雀の傍らに膝をつく。
「雲雀さん、雲雀さん、雲雀さん」
肩をつかみ揺らしても、両の目は綱吉を通り越して空を見る。
「雲雀さん、雲雀さん」
口腔からの食物摂取を嫌がったので、栄養分は点滴で賄っていたという。この数ヶ月、食物を遮断されて体力を削られ、薬物で精神を攻められて、その反応を全て記録されてたという。手足には長期間拘束されていたのだろう。擦過傷の痕が深く残っていた。
綱吉はここまで放っておいた自分を責めた。
「あなたがいるところはここじゃない、絶対、並盛に連れて帰るから」
されるがままにされている雲雀の体を抱きしめて、綱吉は知れず泪を流した。ぎゅっと眸を閉じて、泪を止める綱吉は、並盛という単語に雲雀の指が反応を見せたのを見落とした。






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