それでも世界は美しい。 雲雀のいた部屋の入口に傭兵達の足音が揃った。 嗚咽を漏らしていた綱吉の体からオレンジ色の炎が立ち上りブワアッと音を立てて広がった。綱吉は背中のトンファーを雲雀の膝に置き、立ち上がると背中に庇った。 「お前たちだけは許さない」 黄金色の眸が辺りを睥睨する。怒りで毛細血管が切れたのか、白目は真っ赤に染まっていた。一斉に向けられたマシンガンが引き金を引く前に、綱吉は炎を飛ばし武器に引火させる。死ぬ気の炎は実際に物を燃え上がらせることはなかったが、綱吉の怒りがそれを可能にしていた。炎の勢いに煽られて、兵士達が後方へと飛んでいく。その隙に、雲雀をトンファーごと抱き上げて窓から飛んだ。守護者髄一の推進力で一気に距離を稼ぐ。飛ぶ綱吉を狙って機銃掃射が放たれるが、すでに飛び去った後を追うばかりだ。 「ここで待っていてください」 綱吉は建物の壁に雲雀をもたれかけさせ、敵を見据えて独白する。 雲雀を背に、綱吉は純度の高いオレンジの炎を噴き出させて、低空で飛んで、殴りながら戦闘不能にしていく。その姿に容赦はない。鬼神が乗り移ったように怒りに突き動かされた綱吉に倒される傭兵達は無抵抗にすら見えた。 ヴァリアーとのリング戦でもその前に骸と闘った時も、雲雀は全身全霊をかけて束縛されることを拒否した。その姿を脳裏に描いて、綱吉は戦いながら頬を濡らした。『生きているだけでよかった』なんてあの雲雀を見て思うわけがない。雲雀が生きているということは、ただ生きている、ということとは意味が違うのだ。 雲雀をも凌ぐジェノサイドだった。綱吉は我を忘れて自分へ武器を向ける相手を過剰な力で倒していった。やがて、立つ相手がいなくなり、背後の雲雀を振り返る。が、そこには誰もいなかった。 「雲雀さん!!」 しまった!連れ去られた、と思った。その耳に、ブン、と唸りを上げて攻撃を受けた。仰け反ってそれを避けた綱吉が後方に飛ぶと、一組のトンファーが追ってきた。中身のない雲雀だった。 「雲雀さん!!」 振り下ろされるトンファーを甘んじて掌で受けるが、痛みに感覚が麻痺する。相対した雲雀の眸は感情が抜けたままだったが、ゼロにさせられた戦闘意欲が綱吉の戦いに触発されたのか、確かに雲雀はトンファーを握って、綱吉に攻撃を仕掛けていた。 「雲雀さん!!オレです、沢田です!」 雲雀の耳には届いていないようだった。 反射神経だけで攻撃をしている。綱吉は炎を巧みに操って左右にそれを避けた。意識のあるままだと厄介だ、と雲雀のボディに強烈なブロウをかますが、雲雀は直前で直撃を避け、逆に綱吉のこめかみにトンファーの持ち手が叩きつけられる。炎の逆噴射で当たりを最小限に抑えて、一度雲雀から離れる。ショックを和らげるように全身を使って着地する雲雀だが、グラリとその体が揺れる。どうやって、ボンゴレに運ぶか…。空中で綱吉は雲雀を見下ろし、地上では意思のない雲雀がそれを受ける。その眸は自分が飛べないことを歯噛みしているようだ。その集中力が切れた、その瞬間を狙って急降下した。右腕をひいて顎を狙う。顎先を叩くとわずかな強さで脳震盪を起こせる。だが、それは雲雀の罠だった。直前で避けて、反対に綱吉のボディに二本のトンファーを叩き込んだ。 「ひ、ばりさん…」 綱吉は体が引き裂かれるほどの激しい痛みの中、それでも笑った。 直前、雲雀の口元に見慣れた舌なめずりを見たのだ。 「…おかえりなさい」 綱吉は口元から一筋、血を流しながら、嬉しいのと痛いので流れる泪を止められなかった。 「…情けない」 まだ思い通りには動かせないのだろう。殴り飛ばした綱吉の横に雲雀はゆっくりと歩いてきて、ぺたん、と腰を下ろした。 本来ならば、歩くことすらできないのだ。その言葉は自分へか綱吉へか判断ができなかったが、そのままの姿勢でトンファーを構えて、二人を包囲する傭兵達に牙を剥く。綱吉も口にたまる血を吐いて立とうとするが、雲雀に加減無しで殴られた体は言うことを聞かない。 それでも、綱吉は立ち上がらなければならなかった。自分が雲雀を助けに来た。意地と道理と、そして強い意志。激痛に胸を押さえ、本気の死ぬ気で炎を点す。どこまでできるかわからないけれど、雲雀を抱いて少しでもこの場を離れよう。激しさを増す綱吉の炎に傭兵達がマシンガンを構えた。 「馬鹿にしないでよね」 雲雀は自分を背後から抱こうとする綱吉に肘鉄を食らわせた。 「痛い、痛いよ、雲雀さん」 顎を下から殴られて綱吉はのけぞり、顎を押さえてうずくまった。せっかく死ぬ気で立ち上がったのに。ふらふらしながらも、雲雀はトンファーを支えに立ち上がった。 「この数ヶ月のお礼をしなくちゃね」 綱吉の前に立つその足は急激な運動に耐えかねて細かく震えている。辺りを囲む傭兵達を一瞥して雲雀はゆっくりと唇を舐めた。 「群れは、噛み殺す」 ブンとトンファーが音を立てて唸る。背後で立ち上がった綱吉は乱れる呼吸を整える。それに従って、太陽のように明度を上げた綱吉の炎がボッボッと音をたてて広がった。グローブに変わった掌を組み替える。 「零地点突破・改 Ver.B」 前に跳躍する雲雀と垂直に飛ぶ綱吉。もう動けない筈の二人に、周囲の傭兵達の間に動揺が走る。その隙を狙うように地上では雲雀のトンファーが一人、一人、アバラを、首を、足を折り確実に戦闘不能にしていき、地上から火器を狙って綱吉の炎が降り注ぐ。上空の彼に向かって撃った弾は弾頭の火薬と飛力すべてがエネルギー体として吸収され、反撃の源となった。空になった薬莢だけが地上に降り注ぐ。 最早、火器という武器が全て無効になった。こうなったら己の拳が勝敗を分ける、とばかりに豪腕を自慢とする巨体の傭兵が雲雀の前に躍り出る。 『アッロドーラ、相手になる』 数ヶ月前、雲雀が宙吊りにした男だった。雲雀に頭蓋骨を陥没させられたが奇跡的に復活したようだった。雲雀はそれを認めたかどうだか、一気に懐に入り神速で五臓六腑を突いた。 巨体が雲雀に包まれた瞬間、誰もが雲雀の体が血に染まることを予想した。しかし、地響きをたてて倒れたのは巨体の方だった。雲雀はほぼ反射神経だけで横に跳ねた。今までいた地面がマシンガンの連射で抉られる。空中で上下逆に佇んでいた綱吉の炎も届かない距離からの機銃掃射で雲雀が蜂の巣になる前に、と雲雀の前に急降下した。近距離戦では相手にならないと悟った敵側は遠距離からの攻撃に変えたようだった。 「どいて」 雲雀がなんと言おうと綱吉は退くわけにはいかなかった。雲雀は既に体力を使い果たし、転がった姿勢のままもう立ち上がることができなかった。 綱吉はせめてできるだけ吸収しようと、掌を再度組み替えた。相当のエネルギーが必要な為、長時間は効かない。無尽蔵の傭兵と兵器を持つ相手にどこまで通用するかわからない。けれど――。 「零地点突破・改 Ver.B」 死ぬ気の炎で自分と雲雀を包む。しかし、炎は一瞬燃え上がって消えた。綱吉のエネルギーも雲雀と同様、既に尽きていた。 マシンガンを持つ指が引き金を引くのが、スローモーションのように、綱吉の目には見えた。 |