つまみ食いだか、本気なんだか



夜明け前からトレーニングをしていた2人は通常の朝食では全く足りなかった。昨日まで了平はゆっくりと大量の食事をとれていたが、今朝はメインキッチンの事情で無理がきかなかった。通常であれば、忙しくても了平用に大量の食事を用意する気配りはできるのだが、いかんせん今日は数十年ぶりの最重要な日で、誰もそこまで気を配る余裕がなかった。了平は空腹をなだめながら部屋で準備を始めたものの、たまらなくなり、ついに師匠の部屋のドアを叩き、同じく空腹を抱えていたコロネロが、このサブキッチンを思い出した、というわけだ。

すぐに暖められたパンとサラダがテーブルに並んだ。
「いただきまーす」
両手を合わせて呟く了平達をメイド達が不思議そうに見た。コロネロも日本の了平宅に住んでいる間にその習慣がついていた。
次の瞬間両手でパンを取り、ちぎるでもなく猛烈な勢いで食べ始めた。それまで丁寧に盛り付けをしていたシェフたちも質より量だと、とにかく大きな皿に盛り直した。
ストゥッツィキーノ(先付)とアンティパスト(前菜)を終えた時点で、大き目のナプキンを広げたメイドが了平に声をかけた。
「Sinore, per favor」
「ナプキンをかけた方がいいんじゃないか?って。次、パスタなんだよ」
「あ、お願いします」
フォークを下ろすと、メイドが器用にナプキンを了平の首に巻いた。
「Grazie」
わずかに覚えているイタリア語で礼を言うと、メイドの頬が少し赤くなった。了平が見せたのは、空腹に強張っていた表情が緩んだ、元々の人なつこい笑顔だった。その落差にときめいたメイドの気持ちに了平が気付くはずもなく、なんて気が利くんだ、とひたすら感心していた。
職業柄、食欲旺盛な人間を好むメイドたちは、気持ちよく食べる二人に無条件に好意を持った。休憩がなくなったことも忘れ、二人のグラスが空になればワインを注ぎ、皿が空く前に次の料理を温めて運んでいた。
「師匠、うまいっすね!」
ニッコリ笑ってどんどん食べていく弟子と
「さすがボンゴレだよな!」
と、悠長すぎる師匠だった。

セコンドピアット(メイン2皿目)の北海道の子牛のスネ肉のローストを食べ終えた二人の前にスライスされた数種類のチーズが置かれた。どうやら、この後はフォルマッジィ(チーズ)、ドルチェ(デザート)、カフェと〆に進むらしい。ようやく腹も落ち着いて、休むことなく踊っていたカテラリーが皿の上に落ち着いた。
「全部チーズっすか?」
「そっちからモッツアレッラ、ゴルゴンゾーラ、タレッジョ、パルミジャーノ、ペコリーノ、リコッタ、パルメザン」
「へぇ」
空腹が落ち着いて、味を楽しむ余裕ができた了平はコロネロが言った順に口に放り込んだ。癖が強いのもあるが、美食に慣れた口にはちょうどいいアクセントだった。
「いつ来たんだっけ?」
「一週間前です。丁度ツアーが終わったところだったんで、休暇とタイミングが合ったんですよ」
「大人になったな、コラ」
「まだまだッス。久しぶりに沢田たちに逢ったけれど、あいつらの方がすごく大きくなっていて驚きました。まぁウチの京子が一番かわいいのは変わらないッス!」
コロネロは深く頷いた。
「確かに京子はかわいい。ここにいる誰よりも美しく育っている。お前の妹とは思えないぐらいだ。そういや、スーツ一人で着られたのか?」
「なんとか」
「わけのわからんものがいっぱいあっただろう…あ」
コロネロは了平の首に巻いたナプキンをちらっとめくる。案の定サスペンダーはつけていなかった。これぐらいは判るだろう…と思ったが、なんとなく保護者根性が出てしまう。
「…後で着直そうな、あと、こんな格好している時ぐらい取りやがれ、コラ」
コロネロは了平の顔の絆創膏をピッピッと剥がした。うっすら傷跡が残っているが、気にするほどではない。反対に、ケガが絶えない了平にとって、顔に絆創膏がないことの方がどこかしら落ち着かなかった。
「これからもそういう格好をすることがあるんだから、少しは慣れねーとなコラ」
「きついっすね」
面倒くさそうに、襟元のボタンとカフスを外した。
「それも鎧の一つになんだぞコラ」
「師匠の眼鏡も似たよーなもんっすか?目ぇ悪くないですよね?」
朝の手合わせで常人とは一線を画した動体視力は体験済みだ。
「リボーンの奴が、かしこそうに見えるからかけとけってさ。変?」
食べながら上目遣いで了平をレンズ越しに見る。そういうコロネロの姿を初めて見て、了平もメイド同様少し心拍数を上げた。
そんな自分に驚いてわざとそっけなく「いいんじゃないっすか?」と答える了平だった。






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