幸せと踊る時



咲き誇る桜の枝の向こうには満月。


風の強い夜だった。
今が盛りと咲き誇る桜の花びらが存分に夜風と踊り、子供たちの笑い声も同じ風にのる。
沢田家恒例、居候組他総勢10名強がママンの豪勢な手料理と竹寿司の出前(+スペシャルポイズンクッキング)を手に花見に繰り出した。
今年は暖冬で開花宣言も迷走気味だったが、弥生のうちに無事に咲き誇った。どれだけの風が吹いても、桜吹雪は止みそうにない。
花びらを浮かべて酒を交わす中、ランチアも初めて呑む米の酒を舐めながら狂ったように咲き誇る桜の木々を見上げていた。まだ肌寒い夜だが、まとわりつく子供たちの体温が高くてどこかしら暖かい。花見とは呑気な、と言ったら「違う、風雅というんだ」と誰かに訂正された。意味を聞き返す前に、寿司の追加が届き、その問いは寿司と一緒に飲み込まれた。気付くと、起きているのは大人ばかりで、綱吉、獄寺、山本は赤い顔でくっついて寝ていて、誰かのコートが被せられている。
一升瓶やビール瓶が転がる宴会特有の酒精はたまることなく、片端から風に飛ばされていく。爽やかな雰囲気で、桜の樹によりかかりながらランチアは目を閉じた。
火照った顔を風になぶらせていたら、シャツにしがみついていたランボがその体を揺すった。
「ランチア、寝てるのか?」
年端のゆかないこの子もボンゴレのリングの守護者だという。10代目はこんなつぶらな瞳のどこにどんな可能性を見出したというのだろう、ランチアはやわらかいランボのアフロヘアに手をさし入れる。
「どうした?眠くなったのか?」
手のひらで優しく頭を撫でられて、ランボは気持ちよさそうに目を閉じた。その姿に誘われたのか、真っ赤な顔をしたフゥ太もランチアのところにふらふらとやってきて、膝の上に座ると具合のいい位置を探して寝始めた。
「ランチア殿、かなりなつかれましたね」
動くに動けなくなったランチアが振り返ると、日本酒のグラスと残っていた数貫の握りを手にバジルが近寄ってきた。
「なつかれるというか、寝られて動けなくなったんだが」
ランチアのグラスと持ってきたグラスを交換した。
「ランチア殿は沢田殿と同じような優しさがあるから、ランボたちも安心できるのでしょう」
「ボンゴレとは違うさ」
ランチアの目に落ちる暗い影にバジルは切なそうに眉根をひそめる。
ランチアのことは彼のファミリー壊滅時から知っていた。
しかし、ボンゴレリング争奪戦をランチアが圧倒的な力で終わらせた時に、それまで持っていた彼の印象との大きな違いに目を見張った。そのことを伝えようと口を開いたら、辮髪姿の少女がランチアの肩に飛んできた。
彼女が何を話しているかはわからないが、身振りからなんとなく伝わる。どうやら、ランボが彼女の何かをとって逃げてきたらしい。
ランチアは、撫でてたランボの頭を片手でわしづかんで浮かせると、ランボが気ぐるみに隠していた菓子がパラパラと落ちてきた。
「ランボさんのー!!!」
「まだたくさんあるだろう。イーピンに返せばいいだろう?」
「ガハハハッ!ランボさんのものはランボさんのもので、みんなのものもランボさんのものなんだからね!」
「難しいこと知ってるな」
「ランボさんは偉いんだもんねー!」
ランボをボールのように揺らしながら
「偉いランボさんは、友達の分を取るような悪い奴じゃないよな」
とランチアが聞くと
「偉いランボさんは悪い奴じゃないもんねー!」
と、ぶらさりながらランボは胸を張った。結果。菓子は殆ど落ち、ランチアの手のひらに難なく菓子の山をつくった。イーピンの両手に渡すと、顔をあかく染めてお礼の言葉(のようなもの)を繰り返した。ランチアは目の前で上下するゆで卵のような頭に誘われて、ぺたと手の平をつけてみる。つるっとしたおでこからは、子供特有の高い体温が伝わる。
「寿司、食うか?」
バジルが持ってきた寿司をイーピンに差し出すと、イーピンは辮髪を揺らしてまたお礼を言った。
「いいぞ、そんな」
ランボを膝の上におろし、イーピンを横に並べた。
「おれっちも!」
二人そろって空に向かって口を開いた。
ランチアは大きなその口たちにまずは玉子を落とした。同じリズムで咀嚼する二人に、餌付けをするように次の寿司を運ぶ。子供が好きな玉子に甘エビもちろんわさび抜き、が小さく作られている。バジルはせっせとランチアの横に山本父が作った子供用の寿司を運んでいた。山本父はランチアと眼が合うと、びしーっと親指を立てる。竹寿司出張サービスらしい。
「……ぼくもー」
フゥ太が起き出してランチアの膝の上に座り直した。
「ランボさん、もっと食べるもんね!」
ランボがめざとくランチアの横の寿司桶に手を伸ばす。
ランチアは素早くランボの体を掴んで宙に浮かせた。ランボは望み叶わずでギャーギャー泣きながらバズーカを引っ張り出して、止める間もなく自らを撃った。
ランチアが状況を見定めるべく眉間に皺を寄せた途端に指先のランボが重くなった。






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