輝く暁の明星のいと美わしきかな
(バッハの教会カンタータ(27)BWV1)




アルファロメオを飛ばして明け方直前、一番暗い時に獄寺は戻ってきた。ボンゴレ本宅にも獄寺の部屋は用意されているので泊まっても良かったのだが、たくさんの書類にまみれずっと電卓を叩いていたので自宅のバスに浸かりたい、という気持ちでいっぱいだった。
―最近、動いてないなー。
イタリアに来る前はどちらかという体を動かすことが多かったのに、ツナの右腕になってからは殆ど机にかじりついている。必要なことだけれど、そろそろ動かさないとカンも鈍ってくるだろう。
「ただいまー」
タバコを噛みながらリビングのドアを開ける。
目の色素が薄い獄寺はどちらかというと夜目のほうが利く。だからこそ、電気をつける前に、朝にはなかった巨大ななにかをみつけて、常備しているミニダイナマイトを指に挟む。
「え?…はぁ?」
しかし、そのなにかがどうしても信じられないことによく見知った、でもここにあるはずのない物で、すぐにリビングの明かりをつけた。
ついでに、ソファですやすやと眠る山本もみつけた。
肩をゆすって起こす。
「山本!ちょっと起きろって」
「あーおかえりー。どう??びっくりした?」
山本は大きなあくびをしながら獄寺の顔をのぞきこむ。
「酒臭っ」
「ごめんごめん」
「ってコレどうしたんだよ!」
台所でうがいをする山本に聞く。
「買った」
「はぁ!?」
「獄寺ってピアノ弾けんだろ?」
「誰に聞いた?」
興奮して怒鳴る獄寺をなだめるように座らせる。そして、ダイナマイトを握る手をとり、そのままキスをして獄寺を見上げて得意げに笑う。
「この指に」
獄寺は予想外の山本の行動に出鼻を挫かれる。山本は獄寺に構わず、鼻先をかすめる火薬の匂いをうっとりと吸い込んで、獄寺の指を獄寺に返す。
照れ隠しで獄寺はよそを向いて、指を組んだりバラバラに動かして柔軟を始めた。
「迷惑だったかな?」
「……急に言われても指動かねーからな。徹夜明けだし」
「いいよ!『猫ふんじゃった』でも」
「舐めんな」
柔軟をしてた片方の手を伸ばして山本の頬を殴り、ピアノの側面に進み上蓋を開けた。そこでまず言葉を失った。山本への文句を忘れて、支え棒で上蓋を固定すると、内部の側面を覆う黄金のマーブル模様に指をはわす。まさに豪奢、豪華、荘厳というべき内装で、こんなピアノどんなコンサートホールでも見たことがない。なんで山本がこんなすごい代物を用意できたんだ?
半ば自失して椅子に座る。椅子の高さを調整してペダルを踏もうとして、4つもペダルがあることに驚く。―なんだこれ、踏みながら鍵盤をそっと弾いて感じを探る。そっとアルペジオを奏でて鍵盤の調子とチューニングを調べる。若い音ながらも、強弱のバランスに統一性のある素晴らしいグランドピアノだった。
知らないメーカーだったのでなめていた気持ちをひきしめる。
山本は猫のようにソファの端に顔をのせて獄寺をみつめている。
さすがに何年も弾いていなかったので、指が思うように動かない。あちこち怪我したことで通常の生活では気付かなくても、弾くには支障があるぐらいひきつれる神経がある。
こんないいピアノを弾くには勿体ない指。
なんで山本はこんな莫迦な買い物をしたんだろう?
もし、オレがピアノを弾けなかったら、全てが無駄になるのに。
なんで?なんで?なんで?
山本は、獄寺が指を止めたのは音に気をつけたからだ、と思った。
「防音かんっぺきなので、気を遣わなくてもいいぞー」
「まさか」
「ん、ここつくるときに」
「もー意味わかんね。なんでだよー」
「オレが見たかったんだよ。ピアノを弾いている獄寺」
「だからってこんな高そうな」
「お金じゃないじゃん、こういうのって。な」
「な。じゃねーよ。ほんとお前意味わかんね」
改めてピアノと向かいあって、深呼吸。そっと両手を鍵盤の上に置く。






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