消えてしまうその前に 真っ青な快晴。 ピクニックをするには最適な日なのに、ボヴィーノの本部では恒例の大掃除が展開されていた。 昨夜、一緒に寝た筈のリボーンは、早朝にでかけたのかランボが目覚めた時は既にベッドは冷たかった。埃だらけの部屋でガラクタを選り分けていたランボはしゃがんだままだった腰を伸ばして一息つきながら、それってなんか寂しいよね、と独りごちる。ボヴィーノはそれなりに古いファミリーで、得体の知れない道具も多く、一年に一度片付け兼掃除をしないと屋敷中が時代遅れのガラクタだらけになってしまうからだ。ランボも素通しの眼鏡にスカーフで口と鼻を覆って、屋敷の奥深くの小部屋で埃を払っていた。マフィオーソ総手で黒スーツをツナギやジーンズに履き替え、サングラスをキャップやスカーフに変えて懸命に掃除と片付けに精を出していた。構成員の家族持ちは文字通りファミリー総手で屋敷を磨き上げていた。クリスマス以外は響かない子供の笑い声や走り回る音はまるで"普通の"お屋敷のようで、ドン・ボヴィーノも目尻に皺を寄せてベビーシッターと共に年端もゆかない子供達の中にいた。 「ランボー、いるかー?」 ガラクタの中に埋もれていたランボは片手を上げて振った。入り口は投げ積んだガラクタがバリケードのようになっている。ランボを呼んだのは、ルポという名のまだティーンネイジャーでメカニックの腕を買われてボヴィーノに入った新参者だった。頭があるなら時代遅れのマフィアじゃなくて学校行けばいいのに、というランボに、いろんなブキを開発したいのさ、という変わり種だった。ツナギを腰で結び片方の裾を膝近くまで上げていて、ひょいひょいとガラクタを乗り越えてランボの隣に座った。ふんわりと甘い匂いがした。 「上の階が大方終わったから手伝いにきたけど、全然進んでねーな」 「何食ったらそんな匂いがするんだ?」 ランボに言われて袖をくんくんと嗅ぐ。 「さっきチビ達と一緒にソーダ作ったからなあ、そのときにシロップを零したのかも」 なんともしれないガラクタはたまに危険な物も混じっているらしいけれど、まぁランボなら(ボンゴレの守護者だし)大丈夫だろうという適当な理由で担当になったものの門外漢のランボには取捨選択の基準が全くわからなかった。興味深げにそれらを見遣るルポにランボは一言。 「任した」 万歳をして倒れ込むランボの顔に水滴のついた瓶ビールが当てられる。 「ダンケ」 差し入れのビールを一気に半分ぐらい煽ると、だれていた気持ちがしゃっきりする。 「十年バズーカみたいにそのものの形をしていれば、試し撃ちのしようがあるのにな」 「十年バズーカ(あれ)って現在から未来にしか行けなかったけど、現在と過去を入れ替えるのってあったりする?」 「片方が成功しているんだから、理論的にはアリだろ?」 ルポは手当たり次第にガラクタと断定したものをぽいぽい投げていく。 「なに?過去に行きたいの?お前は黙っていても呼び出しくらうだろ?」 「いやいや。15の時にバズーカ使用禁止されたからここ10年は呼び出しもないし」 「使用禁止も何も勝手に持ってった癖によく言うよ」 ボンゴレ達以外からも同じことを言われると未だ若干へこむランボだった。20年前の自分を頼むからずっとイタリアにくくりつけておいてくれ!と叫びたくなる。 昨夜、リボーンと閨で話すまで自分でも忘れていたのに、幼少の記憶が自分でも驚くぐらいリアルに思い出されてこびりついていた。 満月と黒い狼とその上の男だか女だかわからない人と赤い薔薇。 「ルポ…ルポ?本名?」 「いや、名字の愛称だけど」 「ルポ(狼)に関係するのかと思って」 「あー、元々はそんなんらしいよ?ま、狼のように逞しく戦ったとかなんかでそういうのがつくってことアルだろ?しっかし、ここにあるのは全部ガラクタだな。何をこんな後生大事に持っていたんだか」 ランボがビールを一本呑む間に、ルポは手際よく選別していった。やっぱりこういうのは専門職(プロ)にやらせないとね。と、ランボが最後の一口を呑んで仰け反った時、視界の隅に懐かしい十年バズーカを見つけた。厚く埃をかぶっていて所々表面で黒く固まっていた。子供の時分でも引けた引き金にも埃がたまっているのか、途中で止まって作動しなかった。 「伝説の?」 表面をなぞるランボの脇からルポが覗き込んでくる。 「とっくに壊れて無い物だと思ってた」 「掃除したら使えんじゃないの?」 「だろうけど、いいことなんて一つも無いよ」 それに、未来なんてもうこの年になったら見たくないしね。と続けるランボにルポは首を傾げた。 「見てみたいね、オレは。10年後、どうなっているのか」 「寂しいだけだよ。その時代にいない筈の自分は正真正銘、自分一人だけなんだから」 隅に落ちている麻袋にバズーカを入れて、きつく口を縛って棚の上に置いた。容易に手を出されることはないだろう。ルポは他にもあるんじゃないかと、十年バズーカがあった辺りを物色し始めた。 そこにカンカンと鍋を叩く音が屋敷中に広がった。 「飯だ。ゴミを捨てがてら行こうぜ」 名残惜しげなルポの肩を抱いてランボは武器庫を出る。誰かが入らないようにきちんと鍵を閉める。ボヴィーノマーク入りの磨き込まれた銀色の鍵は、ランボのポケットの中で他の鍵と当たると涼やかな音を立てた。 夜遅くリボーンが自宅に戻った時、ランボは出かける支度をしていた。 「ちょっと気になることがあるから、ホーム(ボヴィーノ)に行く」 リボーンは抱えるほどの深紅の薔薇の花束をテーブルに置いた。 「ーー俺も行くぞ」 ランボがボンゴレでフリーパスなように、リボーンもボヴィーノをフリーパスだった。拒む理由も無く、ランボはリボーンの運転する車の助手席に納まった。薔薇の芳香が車内に充満していた。 「すげぇな。どこか行く途中だったんじゃないのか?」 「いや。それより何があった」 「十年バズーカを見つけた」 「未来にしか行けないだろ?」 「ルポが、ウチのメカニックが言うには理論上過去にも行けるらしいぜ」 「で、おまえは初恋の君に逢いに行くわけだ」 リボーンは呆れたように言い放つ。 「ーー初恋の?何だそれ。昨夜の?アンタらしくない」 「珍しく執心だから、見たままを言っているだけだ」 「嫉妬かよ、それこそ珍しいな」 「俺がお前に?」 冷たい空気が二人の間に満ちたままボヴィーノの本部に着いた。 真夜中に近い時刻。外壁の門番代わりの認証システムにランボは掌を押しつけて、小さな小窓を覗き込むと網膜認証を受ける。門がゆっくりとスライドしきってから車を乗り入れる。本部の屋敷までのなだらかな坂道をなるべく大きな音を立てないようにゆっくりと走り、駐車場内の端に車を止める。通用門から入り、昼間に掃除をした部屋へと進む。一言も話さないが、リボーンが後ろからついてきているのは間違いない筈だ。気配が無いので姿を消しているようで不安になるもランボは意地でも振り返らなかった。 件の部屋には室内灯はついていなかったが、廊下からの光で充分見て取れた。昼間に隠したバズーカはそこに残っていた。 「あの話の結末はこうだ。15の誕生日にも16の誕生日にも誰も現れなかった。赤い薔薇は大事にしていたのに、いつのまにか無くなったし。もしかしたら夢だったんだろう、と今では思っている。だから。だから、おまえが嫉妬しなくてもいいんだぜ」 袋からバズーカを出す。体の何倍もあったバズーカは既に腕に納まる小ささだった。 「他にもあんだぜ、似たようなのが。ただ、試すワケにいかないからな」 十年バズーカに似たバズーカをリボーンに手渡す。昔のリボーンなら平気で即座に自分にぶっぱなすだろうが、さすがに大人になったリボーンはそんな無茶はしない。 「ここに置いておくのも心配だから、ちょっと移動させようと思ってさ」 リボーンは手渡されたバズーカを所在なげに肩に担いで鍵を厳重にかけるランボの手元を見ていたが、視線を感じて背後を振り返った。 オーーーーーン!! 空気が震えるような動物の遠吠えが廊下の端で起こり、黒い塊が闇の中を尋常でない速度で走り寄ってきた。リボーンは躊躇わずに銃口を向けるが、力強く絨毯を蹴った鋭い爪の方が早く、リボーンははいつくばってそれを避けた。時間にして瞬きをするよりも短い瞬間にリボーンは自分の上を飛び、ランボに向かうその獣を撃つ。獣の前肢に着弾したようで、振り向くランボの顔に血しぶきが散る。最初からランボを狙っていたらしいそれは、空中でバランスを崩し、わずかの差でランボに爪を立てることは叶わなかった。逃げる場所も時間もないことを瞬時に判断したランボも、また腰をかがめながら自分にのしかかろうとするそれに銃の照準を合わせようとするが、野生動物の俊敏な動きについていけなかった。 月明かりの中、濡れたように毛並がきらめくそれはとっくに絶滅した狼だった。 「もうちょっとだったのに。その鍵、俺にちょうだい」 もう一人。獣の走ってきた方からゆっくりと人影が近付いてくる。 その顔は昼間酒を酌み交わしたルポだった。いつものツナギ姿のままなのに、表情だけがぞっとするほど冷たい。 「ルポ!!」 「可哀想に、最後の一人なのに撃たれてしまうなんて」 狼はびっこと血の跡を引きながらルポの横に並ぶ。狼と一人の人間。男か女かわからない。 ランボは唐突に鍵がはまった。 「ルポだったのか?」 「そうだよ、今まで世話になったな、ランボ。その鍵を寄越すんだ」 ランボは思い出の人はルポかと聞き、ルポはボヴィーノの裏切り者はおまえだったのかと聞かれたと間違えた。ランボはその違いに気付いたが敢えて訂正せずにいた。そして、バズーカをここに置きっぱなしにするのが危険だと囁いた自分の勘に感謝した。 リボーンはランボを庇うように間に立った。 「あんたが噂のリボーンだね」 銃を向けられても表情を変えないリボーンに、ルポより傍らの狼が唸り始めた。 これはボヴィーノの事件なんだから、自分がやる、とばかりにリボーンの肩に手をかけた時、懐かしい白い煙に包まれた。十年バズーカで過去に呼び出される前触れだ。咄嗟にリボーンの掌に鍵を滑り落とす。自分が持っているより遙かに安全だ。 「悪い!ほんっとに悪い!」 こんな大事な場面なのに消えてしまう、その前に10年前と入れ替わってしまう不甲斐なさを盛大に謝った。 |