Forza! abbracciarci!!



 到着した博物館の中庭は季節柄寒々しかったが、その落ち着いた雰囲気は、無事に到着したことで高揚した綱吉を落ち着かせるのには充分だった。シエスタの時間ということもあって、ひとけがまるでなく貸し切りのようだった。オレンジを基調とした明るく豪華な作りで、レオナルド・ダ・ヴィンチの設計図一枚から解説がつけられ、人の探究心というものをくすぐる閲覧内容だった。順路通り二階へと進むと、廊下の片側にはレオナルドのアイデアが模型で復元されていた。機械工学、土木技術から軍事技術にまで精通する彼の設計図は意味が分からなくても綱吉の男の子心をくすぐった。それは骸も同じようで、僅かに興味を示していた。サイトの写真から実験道具の類が無い事は知っていたけれど、骸に気付かれない程度には辺りを憚ってみた。続いてヴァイオリンの製造過程が展示されていた。
「ダ・ヴィンチって楽器も作ったの?」
「これはガリレオ・ガリレイの物ですね」
 添えられた説明に骸は目を走らせる。
「えーと、引力発見した人だっけ?」
「そうですよ」
「…つまんなかったらさ、別行動をしていいんだぜ?」
「貴方の傍が一番楽しいです。そういう風に余計な気を回されるとどうしていいかわからなくなります」
「キモイ」
 慣れた戯れ言を続けて次の間に入った時僅かな違和感が体を通り過ぎた。思わず周囲を見ると何も変わった気配は無かった。気のせいだと思い歩を進める。一通り展示物を見て外に出た。
「ボス」
 緊張に満ちた声で呼ばれて、現状認識をしている、とばかりに綱吉は振り返らずに片手を上げる。
 周囲を見回すが世界が静止したように沈黙を守っていた。骸が呼びかけた理由は、自分達が出てきた科学博物館の建物がいつの間にか消失していて、どこか知らない街角に立っていたことだった。予定ではあの枯れた中庭にいる筈なのに。
「こういう場合、じっとしているのが一番なんだっけ?」
「――その世界の構成にも由りますが、概ね」
 骸は綱吉と背中合わせになり、前方に向けて集中力を高める。
「”力”を使うのはまだだ」
「貴方の許可無しでは使いませんよ」
 しかしその手には既に三つ又が握られていたし、綱吉の両腕にもイクスグローブが嵌められている。しばし待つが状況は変わる気配を見せなかった。同じようにシエスタの時間らしく、人影はなかった。建物に詳しくない二人は付近の建物からいつの時代というのは割り出せなかったが、二十一世紀ではなさそうだった。
「どこか、いつかわかるか?」
「僕をなんだと思っているんです?」
「便利屋」
 酷い、と骸は薄く笑いながら目を閉じて辺りに意識の触手を伸ばす。綱吉はその邪魔をしないように、自分の意識を抑えながら見える範囲に注意を払う。少なくとも敵の気配はどこからも感じない。
「だめですね。憑依が基本なんですから、こう人がいなくては」
 聞こえるように舌打ちするから振り返る。
「ガラが悪いですよ。……綱吉!!」
 骸が珍しく大声を出して綱吉の腕を強く掴んだ。
「骸?」
 初めて見た骸の動揺が移りそうになるのを、綱吉は反対側の手を握りしめることで回避した。
「すみません。消えそうな気配がしたもので」
 それでも骸は綱吉の腕から手を離さなかった。綱吉は逡巡する。捕まえられたままなのも身動きが取れないので、骸の腕を自分の掌へと移動させた。
「まぁとりあえず」
 繋ぐ手を掲げて、仲良しこよしな図に思わずお互い笑ってしまった。
「しょうがないですね」
「なんか無いの?こう見えない糸とか、精神をつなげちゃうなんとかとか」
「ホントに便利屋だと思っていますね。ボンゴレはレオンに慣れすぎです」
 なにせそのグローブを産むぐらいですから。骸は照れ隠しなのか言葉を繋いでいく。
「今、変な感じがしたからそこをもう一度通ってみよう」
「――…あ」
 骸が何かに思い当たったようで綱吉もつられて立ち止まる。
「ダ・ヴィンチのタイムマシンって聞いたことがあります?」
 綱吉は首を横に振る。
「十六世紀に既に天体科学まで完成させていたダ・ヴィンチは次に時間旅行に興味を持っていたと言われています。タイムトラベルについては、クルト・ゲーデルの宇宙旅行を介したタイムトラベルを始め様々な仮説がありますが、キップ・ソーンのワームホール説が実現可能と言われています。そのどちらでもない説をダ・ヴィンチが殴り書きしていたのですが、あまりにも飛躍し過ぎていたということで近年まで表には出ていなかったのですが」
「そういうのは専門外。獄寺君と雲雀さんに任している」
 というか、聞いてもわかんないし。と、あっさり投げ返す綱吉に失望することなく、骸は何かを考え込んでいる。
「十年バズーカは二つの穴を行き来したようだった、と前にボスは言っていましたね。多分、ワームホールの一種です。ボヴィーノは相対性理論を支持して成功したようですね」
「で?それとこれはどう関係があるの?」
 どうなんでしょうねぇ、と骸はまだ思考の淵に沈んでいた。綱吉はあ、と思い立った。なんで今まで忘れていたんだろう。 「戻ろう。さっき、建物を出た時に変な感じがしたんだ。きっとあそこだ」 見当していた場所を行き来しても何も変わる事は無かった。 「そのダ・ヴィンチのナントカって理論を誰かが完成させてまんまと俺達がひっかっかったってわけ?」
「そうかもしれませんし、違うかもしれませんね。もしそうだとしたらマフィアがいない時代かもしれませんね」
 骸はクフフと嬉しそうに笑う。マフィアは十六世紀頃に秘密結社の一つとして始まったばかりだから、そこを潰せば手っ取り早くていいですねと笑顔で言い放つ。
「そうなるとおまえの存在も消えてしまうんじゃないの?」
「そうですね。そして、貴方も」
 ボンゴレの初代が消えてしまえば来孫の綱吉もまた。
「――そうだな。それもいいかもな」
 あんな親父は消えてもいいし、でもそれだと母さんがかわいそうかな、と続ける綱吉はどこ吹く風とばかりに自由だった。あ、そうだ。と立ち止まる。
「初代は十八世紀から十九世紀にかけて生まれたらしいよ」
「――本気じゃありませんよ」
「うん、知ってる」
 どこまでが本気かわからない綱吉に骸はどうしていいかわからなかった。そして、手を繋ぎ続けなけれならないこの状況にも。綱吉はそんな骸にかまわず携帯の画面を開いた。思った通りデータを送受信する衛星がないことで、現在地を調べるどころか圏外マークがついている。電源を落としてポケットにしまう。
「さて。どうしたもんかな?これはいつまでする?」
「未来に戻るまでは繋いでおきましょう」
「風呂もトイレも寝る時も?」
「僕達がこの時代でそういう欲求があるとすれば」
「無いことを祈るよ」
 手を繋いだまま、見た事のあるような無いような路地を歩き始める。昼間の落ち着いた雰囲気の中、何時かを知らせるように荘厳な鐘の音が鳴り響いた。
「あてもありませんし、行きますか」






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