Forza! abbracciarci!! それはミラノ市のランドマークのドゥオモの鐘の音だった。 シェスタの時間が終わり、夕食の準備と仕事帰りの人々が街に溢れていた。服装は大凡「クラシックな、映画で見るような」服装だが、街中なのでいつの時代の服、というのは建物同様見当がつかなかった。 「こういう方面の勉強も必要だとはね」 「日本だったら判ります?」 「わかるわけないよ。ちょんまげだったら江戸時代、違ったら明治以降、てなぐらいだよ。そうだよ、おまえ輪廻してたんなら過去の歴史とか全部知ってんじゃないの?」 どこか甘える口調なのに気付いていたが、骸は表に出さずゆっくりと周りを見回す。見慣れた四輪車の姿はなく、馬車が行き交い薄汚れた服の子供達が人混みを縫うように走っていく。 綱吉の正面から子供が真っ直ぐ走ってくる。骸と繋ぐ手に力を込めるが、彼らは二人をすり抜けて背後へと走っていった。二人は精神だけタイムトラベルをしていた。それが判った時、綱吉は全く驚かず、むしろ嬉しそうに笑った。 「この姿は誰にも見られないんだね」 「……マフィアを潰せなくて良かったね、とか嫌みの一つぐらい言ってくれないと面白くないですよ」 「だって、俺も潰したいもん。でも、おまえに潰されるのはなんか癪だから抵抗してやる」 嫌みたらしく笑って綱吉は先へと進んだ。 そして、今二人はドゥオモの屋上にいた。疲れを知らない体はどれだけ階段を登っても息一つあがらなかった。だから繋いだ手が汗ばむこともなく、お互いの体温も感じない。ただ、その手を離したら二度と逢えなくなるような不確かな気持ちもあって、手はずっと繋いだままだった。 見える限りの街並みはすべて落日の紅に染まっていた。二人の足下、ドゥオモ前の大広場は屋台が軒を並べ、話し好きな大人達の影が増えてゆくばかりだった。縁に片肘をついて綱吉はそれらを飽きることなく眺めていた。緊張から解き放たれ緩む横顔と市井を骸は眺めていた。風が吹いて骸の後ろ髪が靡く。綱吉はそれを掴むとぐいぐい引っ張って骸を顰めさせた。 「子供みたいなことしないでください」 縁に背中を預けていた骸は塔の外へと頭だけ引っ張られる体勢になる。 「なんでこんな髪型にしてんだよ」 「貴方に言う必要はないでしょ?」 「誰も言わないから言うけど、おまえ趣味変だよ」 「貴方の趣味はいいんですか?」 「う」 正直、スーツなんてどれもいいと思っているから適当に着ている。それでもお気に入りはいくつかあったけれど、それを着ている時に限ってボロボロになる羽目に陥るから余計に気を遣っていなかった。 「黒いスーツを着てればいいってわけじゃないんですよ」 「おまえだって黒いのばっかりじゃないか」 「僕はこれが似合いますから」 「軍服の趣味があるって聞いたぞ」 「今度xxxでも着てみましょうか?」 耳元で魅惑的なテノールが囁く。 「それこそ趣味悪いね!この制服オタク」 二十世紀最悪の独裁者の真似なんて、似合いすぎて趣味が悪すぎる。短い教鞭が似合うのは家庭教師だけにして欲しい。そんな綱吉の気持ちは掌を通さなくても伝わるから骸は珍しく大口を開けて笑った。 「……ずっとこのままでも」 小さな、小さなつぶやきを骸の耳は逃さなかった。夕焼けの朱は西の空に留まるに限り、夜の帳が二人を覆いかけていた。 現実に戻れば最高機密の扱いを受けて、単独行動ができるのは自室だけというボンゴレ10代目は監視の目が無いという自由を久しぶりに享受していた。ヴィンディチェの目が届かない骸もまた。計らずも二人とも今「自由」を手にしていた。何も起こせない、誰の人生にも干渉できず、干渉されず、飢えも加齢も無い永遠の透明の牢獄という名の。 「僕もずっとこのままでもいいですよ」 「うん……」 小さな背中を抱きしめたいと思った。でも、その感触を想像して骸は自制した。どうせ何も感じない。 「帰りましょうか」 「帰り方わかる、とか言うなよ」 見上げる綱吉の瞳に悪戯めいた光が戻る。骸をもてあましているのに、どこか支配下に置きたがる意地っ張りの子供のような表情。 「わかりませんが、だいたい自分の意志さえあれば」 冷たい風が吹き、風下にいた骸のコートが広がる。その勢いに押されて骸はたたらを踏んだ。 「…おまっえ、さいあっく!!」 骸と繋いでいた手をふりほどくわけもなく綱吉は一緒に落下した。 「戻るからな!!」 「Anche se sostituisce con vita mia(私の命に変えても)!!」 骸が自分を抱き込むような仕草を見せるから綱吉は大声で叫んだ。 「ばっかじゃないのっ!!」 耳元を通り過ぎる風の音にも負けない大声だった。そして、繋いだ手はすごく安心できる暖かさだった。 |