沈黙は死



ボンゴレ本部では、昨日から連絡をたった獄寺の行方を追っていた。10代目の執務室の続きの間に、同じくボンゴレリングの守護者の山本、ランボ、雲雀が揃っていた。
昨日ちょっと出てくると外出した獄寺が自宅にもボンゴレにも戻らなかった。
子飼いの情報屋に当たった結果、街の中心部の書店に入ったところまでは確認できているが、それ以降の足取りが消えていた。誘拐事件にまで発展する可能性があるため、ボンゴレ内部では緘口令が敷かれた。10代目である綱吉も例外ではなく、同席しながらの山本の表情を盗み見る。足の間に置いた時雨金時を抱えるように座り、強張った頬のまま入室後、一言も話さず唇を噛み締めている。
ランボは場が孕む緊張と、綱吉と山本が相手をしてくれないということもあって、つまらなさそうに手遊びをしていた。夏季休暇で、日本からリボーンに呼び出されていた雲雀は我関せず、と言った顔で無表情に席についている。
綱吉は座り方に現れるバラバラな気持ちの中、できることが見つけられず、そっとためいきをつく。
いつもどこかしら賑やかな雰囲気になっていたのは、獄寺のおかげだったと改めて知った。山本やランボを邪険に扱うことがあっても、彼らはそれで笑っていたし、なんだかんだ言ってもちゃんと全体を見て、世話をしていたのだ。
いなくなってからわかるなんて、ごめん獄寺君。オレ、君がいるのが当たり前だとばかり思っていたよ。
「山本」
呼ばれて顔を上げる山本は、今まで見たことの無い暗い瞳で、綱吉は胸をつかれた。
「わりぃ、すぐ持ち直すから」
喉にはりつくような、掠れた声だった。
「ムリしないで」
こんな時にリボーンはどこに行ったんだ。綱吉が腹いせにわめきたくなったときにノックと共にボンゴレの危機管理室・情報部の人間が入室してきた。
『失礼します』
『何かわかりました?』
『申し訳ございません。まずこちらがゴクデラが消えた書店の関係者のリストですが、ボンゴレに敵対すると考えられる該当者はいませんでした。こちらが、現在カターニャでボンゴレと協力関係でないファミリーの該当者ですが…』
『ごめん。ランボに通訳頼む』
「ランボ、込み入った話がわかんないから通訳して?簡単でいいから」
「あ、Si」
やっぱり言葉はちゃんと習おう。綱吉はランボの通訳を聞きながらなるべくイタリア語にも耳を傾けた。
「結局、該当者不明で行方不明ってことか」
「マフィアもたいしたことないね」
雲雀は辛辣な感想を一言。
綱吉はランボにそれは訳すな、と目で制す。
「しょうがないですよ。手がかりが何も無いんだから」
「キミは?あいつとずっと一緒にいたんでしょ?」
山本は感情が抜けた目で雲雀を見るが、すぐ手元に視線を落とす。
「隼人がいないんですって!?」
バーン!と擬音が見えるぐらいの勢いでビアンキが入室してきた。山本は無意識に腕が動きそうになるのを止めた。ビアンキ登場=横にいる獄寺が条件反射で倒れてしまう、という図式が体に馴染んでいた。支える相手がいないのが歯痒い。拳を握り締めていると、綱吉に食ってかかっていたビアンキが山本に矛先を変えた。
「姐さん、ごめん」
予想と違う山本の先制にビアンキは思わず動きを止めた。
「あんたに落ち度があったわけじゃないでしょう?」
「それでも。獄寺はオレが助けるから」
「どうやって」
「……獄寺が助けを求めたらオレは絶対に助けに行くから…」
根拠の無い自信だとビアンキは切り捨てて、綱吉を振り返る。
「ツナ!こないだ隼人に怪我をさせたこと、忘れてないわよ」
――姉貴がなんか言ってきても絶対気にしないで下さいね。オレは右腕になるって決めたときに、こんなこと覚悟の上なんですから。
綱吉の脳裏に、包帯だらけの腕を誇らしげに掲げて笑う獄寺の姿が蘇る。初めて銃弾をその身に受けて、怖かっただろうに。死だって覚悟したかもしれないのに。獄寺は綱吉には笑顔しか見せない。
ビアンキだって判っている。マフィアになることは死と隣り合わせだということだと。だけど、肉親である隼人のことになるとそんなのはただの建前だ。
「ビアンキ、オレも獄寺君がいなくなるなんて考えたくないよ。リボーンもいない今、情報が上がってくるのを待つしかないんだよ。だから落ち着いて」
ビアンキは綱吉から数席離れた椅子に座った。
獄寺君、キミに何かあったらオレはどうしたらいいんだろう。生きていて。もう一度オレたちのところに戻ってきて。
綱吉は、神様、と祈る。祈ってどうにかなるものなら、いくらでも祈るよ。綱吉は知り合って間もないながらも、旧知の仲のような近しさを感じた教皇を脳裏に描く。
獄寺を失うことが綱吉の罪の代償とは思いたくない。
――パパ、どうかオレたちに獄寺君を返してください。






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