沈黙は死



部屋の中には荒い息が続いていた。後ろ手に縛られたままの青年――獄寺隼人は、朧気に溶けていく意識を食い止めるために記憶をフル回転させていた。
日常品を買いに街に出た。雑誌を数冊買うために入った書店。ふと、二階の奥に写真コーナーがあったことを思い出した。日本に行く前、カターニャの隅っこで生きていた頃、何度も眺めたいろんな国の風景写真。まだあるのかな?と気軽に足を向けた。その後から記憶が途切れる。
次に気付いた時は、目隠しをされ、椅子に縛られていた。ボンゴレについての質問を全部無視したら、ボディを殴られ、最後には足の爪を数本剥がされた。それでも決して助けは呼ばなかったし、叫びもしなかった。その点については褒めてもらってもいいと思った。でも――
――捕まるなんてざまぁねーな。
捕縛されて丸一日はたつはずだ。拷問の末に失神して目覚めてから何度か意識を落としかけているが、次に目覚めないことを恐れて、また体中――特に足の痛みが、血液が流れるたびに脳天までついて完全に意識を落とせない。無理やりひとつにされている両腕と肩も痺れて既に感覚はない。
更に強烈な喉の渇きに襲われていた。発熱と脱水症状でまたも意識が遠ざかる。普段であれば人の気配に敏感だが、目の前に人影が立つまで全く気付かなかった。
ぼやける視界の中から延びてくる白い手袋に反射的に身を引くが、唇に当てられたグラスの中から水の匂いがして口を開いた。
「…んっ…んっ」
少しずつ注ぎ込まれる水に口を開く。渇いた体中に水分が広がっていくのがわかる。錠剤を口に入れられるがそれは吐き出した。それよりももっと水を。
獄寺は舌を突き出して僅かな水も飲もうとする。再び、その口に錠剤が置かれるが吐き出す。するとグラスが遠のいた。
「あ…」
霞む視界で老人が困った顔をしていた。片手に錠剤を、片手に水が溢れるグラスを持っていた。その困った表情にほだされたのか、老人だったので気が抜けたのか、獄寺はどうせ飲まなくても死ぬだけだ、と妙な開き直りと水への誘惑を断ち切れずに、錠剤を飲んだ。再度差し出されたグラスをむせるまで飲む。咳き込む背中をさすられ、濡れる口元を上質なハンカチで拭われて、獄寺は目を閉じる。髪を撫でられうっかり眠りに落ちそうになる。
油断してはいけない、と自戒して老人を見上げると、きっちりとスーツを着込んでいるところから、執事のようだった。獄寺が目を閉じたのを見届けたからか、背中を向けて水の始末をしている。
「あんたは誰だ?」
獄寺は自分の声が小さかったのかと、もう一度聞いた。しかし、執事は無視し続けた。
「なんの薬を飲ませた?」
老人は獄寺が自分を見ていることに気付いたのか、グラスに水を満たした。
「水じゃねー、薬だ」
老人は獄寺が話していたことに初めて気付いたようだった。白い手袋で自分の喉と耳を指差して横に振った。
獄寺の視界が急に狭くなった。暗闇に引きずられるように意識が遠くなり、ぷつんと途切れた。






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