沈黙は死



山本は昨夜、獄寺の部屋で一晩過ごした。特に約束があったわけじゃないが、昼間に出かけてから戻ってこなかった。携帯も繋がらない。こんなことは一度もなかった。
昔の知り合いに逢ったのかも。
もしかしたら綱吉から新しいミッションでもおりたのかも。
様々な言い訳めいた理由が頭をめぐるもどれも違う確信があった。
もどかしく夜が明けるのを待ち、綱吉の部屋を訪れたが、綱吉の返事は予想通り絶句だった。
9代目にすぐに相談して今に至るわけだが、獄寺が失踪する理由はどこにもみつけられなかった。
山本はクレジット・カードサイズのモニターを掌に治め、終始握り締めていた。
――早くスイッチを押してくれ…。
このままの状況が続けば案外自分は簡単に狂うんじゃないかと思った。
地面に足が着いていないような浮遊感にさいなまれ続けている。帰ってくる、と思い込む一方、もしかしたら、と諦める自分がいる。何故諦めるのか自分がわからない。気付くと呪文のように獄寺、獄寺と繰り返している。獄寺が不在するだけでこんなにダメージを受けるなんて思いもしなかった。
自分達の未来はまだ先まで続いているだろう?こんなところで途切れるなんて誰が予想した?なぁ獄寺、どうしてオレに連絡を寄越さない?オレを巻き込みたくないから?ツナに迷惑をかけたくないから?なぁ、獄寺…。
「…山本、山本?」
綱吉に肩をゆすられるまで自失していた。
「わりぃ」
「それ何?」
綱吉はうつむいているとばかり思っていた山本が、掌にカードを隠しているのを見た。山本は一瞬握り締めて隠したが、テーブルの上に投げた。
「……獄寺に発信機をつけてたんだ」
「え、じゃあ…」
綱吉は僅かに希望をにじませる。雲雀とビアンキは実に、あからさまに、嫌そうな顔を見せる。
「まだ…まだ、獄寺がスイッチを入れてないんだ」
「いつの間につけたの?リボーンがつけさせたの?」
「いや…オレの独断で。その代わり、スイッチは獄寺自身が押すようにしている」
「ってことは、まだ獄寺君は元気って可能性があるんだ」
「もしくは、もう押せない状況のどちらか、だな」
楽天的とばかり思っていた山本からの発言で、綱吉は言葉を見失った。
常々、山本と獄寺は不思議な関係だと感じていた。一触即発の口喧嘩ばかりしているけれど、甘えてるようにも見える獄寺の態度の根底には山本が自分のことを嫌わないと信じている節が見えるし、山本はひたすら獄寺を甘やかしてからかっている。
確実に繋がっている、その見えない絆は自分とのそれとは明らかに違っていて、親子でも友達でもましてやリボーンと自分との師弟関係とも違っていて、どういう名前の繋がりなのか、未だ見つけれらないでいた。
その山本がこんなに悲観的な言葉を吐くなんて、相当参っているのかもしれない。今はリボーンがいない。昔、ラル・ミルチにリボーンがいないと何も出来ないのか?と詰られたことを思い出した。自分が、自分でできることは何か無いだろうか?ビアンキだって心配している。リボーンだったら何から手をつけるだろうか?
あぁそう考えても何も浮かばない。
「あ、出た」
山本のため息めいたものに全員の視線が集中する。
手元を覗くと確かに光点が浮かんでいた。
「姐さん、この地図わかる?」
山本は光点の上に地図を被せる。
「寄越しなさい」
ビアンキが片手でテーブルを飛び越して山本の隣に来、モニターを覗き込む。
「拡大して」
山本が片手で操作してビアンキの要求に応える。ビアンキは手を口元に寄せて考え込む。
「そんな、まさか」
ビアンキは何も言わずにきびすを返した。毒サソリのタトゥーの彫り込まれたその腕を山本が掴んで止める。
「離しなさい、山本武」
「一緒に行く。獄寺はオレが助ける」
先ほどと同じ台詞だが、実質彼が準備していた発信機のおかげで存在がみつかった。根拠の無い自信じゃなかったことにビアンキは敬意を表した。
「ツナも聞きなさい。隼人がいるのは、ボンゴレの同盟ファミリーのひとつなの。ここでコトを大きくすれば全面対決になる可能性もあるわ。だから、貴方たち守護者が動くわけにはいかないの。フリーの私なら肉親を助けに来た、という言い訳が立つわ」
「獄寺はオレにとっても家族だ」
山本は首に下げていた雨のリングを外してチェーンごと綱吉に渡した。
「獄寺はオレたちで連れて帰ってくるから。必ず、連れて帰ってくるから」
山本は薄く笑っていた。
綱吉が見た覚えのない酷薄な笑みだった。親友の変容を目の当たりにして、綱吉の背筋を冷たいものが細く走る。
「山本、ビアンキ、絶対に無茶しないでね。9代目がなんていうかわからないけど、オレは獄寺君を助けるためにボンゴレとそのファミリーが全面対決をする必要になったらそうするから」
まだそこまでの権限はないのはこの部屋にいる誰もが知っていた。それでも、綱吉の決意を笑うものはいなかった。
「ランボ、一緒に来て。9代目か周りの人に話を通しておく。雲雀さんはどうされます?」
「興味ないね」
雲雀は立ち上がる。
「それに、彼らは自分達だけで彼を助けたいと思っているしね」
出ていきしな扉に手をかけてそう言い残して、雲雀は消えた。
山本とビアンキも雲雀に続いた。
「ランボ、行こう」
事の説明をする為に綱吉もランボを連れて部屋を出る。
椅子が座ったままの状態で乱雑におかれている部屋の向こう、綱吉達の執務室の獄寺のデスクの上には高校卒業時の三人の写真が、開けられた窓からの風に揺れていた。
つい半年ほど前のことなのにずいぶん色褪せていた。






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