沈黙は死



ビアンキの運転するフィアットの助手席で、山本はモニターをみつめていた。
「――なんで、隼人に発信機なんかつけていたの?」
「昔、喧嘩したときにあいつの歯を飛ばしたことがあって、せっかくインプラントするなら発信機入れていいか?って聞いて。ツナの右腕になるなら必要になることもあるかもって」
「あの子はすぐに了承したの?」
「いや?その代わりオレもやれって。オレ全部歯ぁ揃ってるぜって返したら、笑って殴られた」
ビアンキはその場面を想像したのか、初めて笑顔を見せた。ひどい姉弟だ、と山本は一人ごちる。
ビアンキは、住宅街の角で車を停止する。
「もうすぐ着くわ。聞いておきたいけどあんたにとって隼人はなんなの?」
「――うまく言えないけれど、オレがまともでいる為に必要なんだと思う」
要点がない、拙い言葉にビアンキは同じ質問を獄寺にしたことを思い出した。
「ここで降りなさい。私が正面から陽動をかけるから、あなたは一直線に隼人に駆けつけて」
「サンキュー、姐さん」
「あんたにそう呼ばれるのはシャクだわ」
助手席の窓越しにビアンキが悪態をつきながら笑った。

降り立った山本はモニターの地図と現在地を確認して走り出した。広大な屋敷といえども、ボンゴレで監視機器他その手のものを遊びがてら見てきたし、コロネロからも最新情報を得たばかりだ。こんなすぐに使うことになるとは思わず、目当ての屋敷の警備の穴をついてもぐりこみ、モニターの中の獄寺に向かって走り出す。正面玄関と思われる方向から銃声や叫び声が聞こえビアンキの陽動も成功していた。
――姐さんの場合、本気だからな。
樹木を伝い上ると、はめ込みの窓の向こうでトレイに水と薬らしきもの載せた執事が歩いていた。モニターの光源とほぼ同じ場所。左右に目を走らせて、侵入できる窓がないことを確認し、別の部屋からの侵入を決めて、一度地面に降り手近な扉へと走った。

目を覚ますと体の感覚が全くないことに愕然とした。一瞬死んだのかとさえ思った。見下ろすと後ろ手に縛られたまま真っ赤に染まった足の指までちゃんとついていた。不思議なことに痛みが大分遠のいた。それでも指先に力を入れると鈍痛が届く。
白い手袋にグラスを差し出される。あの執事だ、と口を開けてそれを待つ。心ゆくまで冷たい水を飲んだところで舌の上に小さなシートを置かれた。人が違うことに気付いたが、拡散し始めた意識はもう形を追うことはできなかった。痛みや痺れが遠のき、体から力が抜けていく。ふわふわとした心地よさに包まれて獄寺は眉間の皺を緩めた。
「ここまでしたくなかったんだが」
遠くに男の声が聞こえる。獄寺の脳裏に危険信号が点滅するがもうそれの理由がわからなかった。
「ボンゴレの…」
ぼんごれの…?
「在り処を…」
なんのありかだ?ボンゴレ…10代目はご無事だろうか?野球バカがそばにいるから大丈夫だよな。
獄寺は最後の気力で意識を表に出そうと全力で考える。体の力が抜けているのはもうすぐ死ぬからかもしれない。
脳裏に浮かぶのは、綱吉と山本の笑顔。懐かしい並盛中の屋上、昼休みの自分達。未来は輝いていた。思わず頬が緩み、恐怖はかけらもわいてこなかった。
男が何か騒いでいるが、鼓膜に届く前にわんわんと反響してもう理解できない。
耳も遠くなってきやがったか。
――山本、死体ぐらい回収しやがれ。
霞む視界がブラックアウトする前に、獄寺は奥歯にしこんだ発信機のスイッチを押した。






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