沈黙は死



一切抵抗しなくなった獄寺の襟を握り上げて、男は獄寺の顔を覗き込んだ。開いた目は焦点を合わさず、唇も緩んでどこか笑っているようだった。
「どれぐらい与えた?」
部下を振り返ると「ミニマムで」と返ってくる。明らかに耐性が低かった。ボンゴレともなると薬物に対する抵抗力もあると思ったのにとんだ計算違いだ。使い物にならなくなった獄寺をベッドに投げ捨てると、ゴキと骨が外れる音がした。こうなってしまうと情報を得るのは難しい。いっそ片付けた方が早いのでは?と結論を急ぐが、しどけなく横たわる獄寺を見下ろしてしばし思案する。
他に使い道のない場合――ボンゴレでは許されていない人身売買。既に、ボンゴレを裏切った身だった。ヘタに殺して死体が見つかるよりも裏ルートに乗せたほうが後腐れはないだろう。彼に男色の趣味はなかったが、薬で意識をとばして赤く染まって潤む目元、半開きになった唇は赤く膨れ、整った顔立ち自体に色香が溢れ、その筋には興味をそそるだろう、と品定めをする。
シャツを広げ、拷問の跡の残る体を眺める。怪我が治ればそれなりに見栄えもするし、意識はこのまま薬でとばしておけばいいだろう。
「ボス!毒サソリが表で騒いでいます」
「毒サソリが?どうしてここがわかった?」
「わかりません!」
毒サソリの二つ名を持つフリーの殺し屋ビアンキと目の前の嵐のリングの守護者は血縁関係だったか?
男は舌打ちをして、「食い止めろ。いざとなったら交戦してでも」と命令を下す。毒サソリが動いたということは一番恐れていたボンゴレの逆襲をも連想したが、付近にボンゴレの気配は全くなかった。ビアンキの独断であれば、ここで消しても問題はないし、ボンゴレへの釈明もいかようにでもなる−−裏切った今となってはそれも意味がないけれど。
男は自嘲して、嵐の守護者の処遇について相談するため、北からの使者を呼びに行かせた。

山本は走りながら時雨金時を刃に変えた。
獄寺がスイッチを入れるまでの宙に浮いた気持ちが地上に降り立ち、走らせる気力に変わった。
少なくともまだ生きている。まだ自分は獄寺と別れる時ではない、と強く信じられた。
結局、自分の気持ちは獄寺にとって左右されるのだ。目の前にいなくても触れられなくても、存在を感じられるだけで強くなれる。自分でいられる。そう確信した。
走る山本の前に黒いスーツの男たちが現れる。銃を向けられても恐怖心は全く沸かず、むしろ、唇の端を上げる余裕すらあった。チャッと鍔を鳴らし、走り抜けながら左下から右上に振り上げ、向けられた銃を切断し、暴発を誘発しながら二階へと続く階段へ向かう。角を曲がりしな、足元に打ち込まれる銃弾を跳躍して避け、着地と共に水平に払って銃だけを切っていく。刀を左手に持ち替え、右手をついて体を同じように水平に回して、男たちの足を払いながら倒れさせてゆく。
「そこまでだ」
目当ての階段の上下を埋めるようにスーツの群れが揃って、山本に銃口を向けていた。
「雨の守護者だな」
「あんたんとこに世話になっている男の家族だよ」
「…あくまでもボンゴレじゃないと言い張るんだな」
「死にたくなかったら道を開けてくれ」
「もうここにはいないぞ」
山本は返事をせずに駆け出した。視認できない速度で左右に剣を振り沸き起こる空圧で男たちを左右に弾き飛ばした。スクアーロが得意とするスコントロ・ディ・スクアーロを自分なりに解釈した技だった。鬼気迫る見えざる炎に気圧され、たたたらを踏む男たちの間を走り抜けながら、斬っていく。まるで一陣の風のような早業に見当外れの場所に着弾するだけで、山本に一筋も傷をつけられなかった。そのまま奥の部屋へと向かう。背後から銃声が聞こえしな、その身を沈め、振り返るともう一度刃を払い、空圧で銃を向けている男たちを弾き飛ばした。
自分の剣の先に立つ人はいない、とすら思っている無表情な瞳は人間の温度を感じさせなかった。水が蒸発するような音にならない音をたてて刃が竹刀に変わる。
山本は突き当たりの部屋の扉を両手で開いた。






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