片手に愛を、片手に死を。



 全ての窓と入り口を開け放った道場の中は自由に風が吹きぬける。それを肌で、木々のざわめきを耳で感じながら山本は驚きを隠せなかった。
 イタリアでは総本部ということもあって、二十四時間の監視体制を敷いている。自分もその一端を担っているのだが、どこか安心できない不安、監視されているかのような緊張が見えずあった。しかしここはどうだ。自宅、そしてこの離れた道場さえも常に守られているという心地よさがあった。まごう事なき父親の心配りだった。自分は何も知らずに十八年もの間、どれだけ庇護されてきたのか知り、改めて人の心の深さをその心に刻み込んだ。
 山本は膝の前に両手をついて深く頭を垂れる。
「親父、今までありがとう。オレ、全然気付かなかったや」
 山本の前には、同じ袴姿の剛が正座していた。
「よせやい。今日はおまえに成人の祝いだ」
 剛は隙のない所作で、脇の濃紺の風呂敷包みを山本の前に差し出した。
「とっくにおまえは成人してっけどな。まぁケジメみたいなもんだな」
「ありがとうございます」
 一礼をして包みを引き寄せ開けると、真新しい糊の匂いが漂い漆黒の袴一式が現れた。
「とうちゃんができるのはこんなことぐれーだが、おまえはおまえの道を進めや」
 不意に現れた人影に凶暴な気配を感じ、剛は脇の日本刀を山本は時雨金時を手にして、膝を立てた。
「うぉぉぉい!なんでおまえがここにいる」
「スクアーロ!!」
死神のような黒い隊服と腰まで揺れるまっすぐな銀髪。返り血はないのにその身に染みついた血の匂いが辺りに漂う。
「いつ来たんだ?」
「おまえの父親か?」
満面の笑みで近寄る山本を押しやり、剛の前に立つ。殺気を隠すどころか増幅させるスクアーロに相対した剛は正座に戻り、ただ静かに微笑んだ。
「おう。オレの親父で時雨蒼燕流の師匠だ」
「そうか、おまえが…」
スクアーロの脳裏を何が横切ったのか、殺気を納めて一瞥する。相変わらず自由に吹き回る風が伸びた前髪を流し、暫しスクアーロの繊麗な面を晒す。ふと踵を返すと、道場内に銀色の円ができるのを山本はきれいだなぁと眺めたが、自分の横を通り過ぎようとしたスクアーロの肩を止めた。
 既に目線は同じ高さで、肩に置いた手はスクアーロでも簡単には払えない。
「離せ」
「黙っていくことないだろ。何しに来たんだよ?」
「おまえに言う必要はねぇな」
「並盛で暴れると雲雀が五月蠅いぜ」
「知るか」
「なんで、ここに来たんだよ」
「遣い手がいたからだ」
「オレ?」
「ちげぇ、おまえの親父だ」
 スクアーロを見かける度に剣を教えてくれと山本はまとわりついていた。山本の剣筋を認めていたし、素直な感情表現をする山本は苦手では無かったが、あからさまな好意はルッスーリアやベルフェゴール達の揶揄の対象になったので迷惑甚だしかった。山本の目を見たままスクアーロは懐から携帯を取り出し用件だけ聞いて切った。
「離せ。仕事だ」
 澄み切った眸は抜いた刃のようで、今度は無言で手を離した。現れた時と同様に不意に姿を消す。
「――武。行って来い」
 剛は目線でスクアーロの消えた方向を示した。
「嫌な予感がするんでぃ」
「わかった。行ってくる!」
 山本は時雨金時だけを手に、スクアーロの後を追った。






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