片手に愛を、片手に死を。 派手な爆音が聞こえたところでバイクを止めた。足下が不安定な為、木の陰にバイクを立てかけて森の中へと走り出す。 拓けた野原の中でスクアーロが剣士と対峙していた。両手に長さの違う刀を持ち異様な殺気を醸し出している。周りには死屍累々と何人かの男達が転がっている。最後の一人だろうか?対するスクアーロは左手の剣を構えずに相手の隙を誘っていた。 山本はスクアーロの余裕と相手の必死さの溝に危険を感じた。スクアーロは油断し過ぎている。相手を見くびりすぎている。チラと木々の間に何かが動いた。山本は何も考えずにスクアーロの背後へと走り出した。急に現れた山本に瞬目、二人は気をとられた。 ――キィィィン!! スクアーロの背後に走り込んだ山本が時雨金時を振り下ろした時、鋼が震えた音が響いた。スクアーロの背に向かって撃たれた銃弾が二つに分かれて草の上に転がる。 「うぉぉぉぉい!!邪魔するなぁ!!」 「邪魔はしねぇって」 「おまえも斬るぞぉぉぉ!!」 「後でな」 瞬く間に周囲を敵に囲まれていた。背中合わせでそれぞれ構える。 「報酬の半分で手を打ってやる」 「抜かすな、小僧!!」 山本は前方に走り相手の懐に飛び込む。一気に囲まれるが、山本は腰を落とし半眼で刀を下段に構える。 「時雨蒼燕流、攻式八の型 篠突く雨」 左右前後に刀の光が走り男達が宙に舞う。 「スコントロ・デ・スクアーロ!!」 一方、スクアーロも敵が増えたことに歓喜を隠せず左手の洋剣を左右に振り、空圧と水滴で敵を薙ぎ払っていく。 「物足りねぇぞぉぉ!こんなもんかぁっ!!」 容赦無く、踏みしめた足下の男の胸に剣を突き立てる。背後から白い筋を残して大きな刃が振り落とされる。僅かに肩を引いてそれを避けたスクアーロは振り返らずに左手の義手を外して真後ろに突き立てた。雨で濡れそぼる髪の隙間でスクアーロは笑った。 「せっかく背後をとったなら、リーチ外から来やがれ」 ぐ、と押すと男は後ろに倒れ、剣が抜ける。元に戻す反動で血のぬめりを飛ばし胸の前で構える。 「来いよ」 舌なめずりをして男達に向かって挑発するがスクアーロの殺気に圧されて身動きできる者はいなかった。銀色が靡く。 「逃げる暇はないぞぉ!!」 構える銃ごと手首を斬り落とし胴を払っていく。殺戮を続けるスクアーロの銀糸はすぐに返り血で赤く染まっていた。林の中の敵をあらかた切り伏せた山本は遠目で見ながら背筋を走るぞくぞくとした興奮を抑えていた。剣を持つ手が震える。 ――なんだコレは。 今までどんな場面にあってもこんな気持ちは湧いてこなかった。今だって、峰打ちか致命傷にならない傷ばかりで命一つ奪っていない。なのに、あの男の周りには死が渦巻いていた。いや、死を作り出していた。絶望と人の生死を操る男。山本は節ばった自分の両手を開いた。雨しぶきが掌で弾いては流れていく。肉厚な豆の潰れた痕が固まっている変哲のない手。この手は死を知らないとは言わない。だけれども、前の男はその葛藤を乗り越えている。 「今更ビビってんのかぁ?あ?」 目の前にスペアビ・スクアーロがいた。血の雨を受けたようにぬらぬらと赤い。 罪の意識を欠片も持たない傲慢さが溢れていた。 その背後に先ほどの二刀流の男がゆらりと現れる。スクアーロは振り返ることなく腰を落として振り向きざま剣を振った。腰を引いてそれを避けた男はスクアーロの頭上に左右からタイミングをずらして二つの剣を振り下ろしていく。スクアーロは片方は剣で受け、片方は男の足下に滑り込んで避けた。その後を追って次々と剣が襲いかかる。スクアーロはこれ以上の楽しみはないとばかりに嗤っていた。常人ならば見えない剣先を受け、流し、突き、互いに致命傷を与えられないまま斬り合いは続いた。一度離れて間合いを取る。一呼吸も置かずに走り出したスクアーロの動きを止めるべく長剣が振り下ろされた、それを右腕で受け、左手の剣で短剣を持つ腕ごと切り払った。山本の顔に袴に返り血が飛ぶ。全てをスローモーションで捉えた山本の眸はスクアーロの全てを視た。剣士の誇り。生と死に橋を渡すこと。ヴァリアーとしての矜持。プライド。そして、自身の存在意義。清々しいほどまっすぐな思惟。 「山本」 瞳孔を開ききって自分をみつめる山本の前に立つ。激しさを増した雨が二人の血を洗い流していく。山本は我に返り、頭をぶるぶると振った。今、自分は何を考えていたんだろう。ただ、銀色の光の軌跡だけが脳裏に残っている。 「仕事、終わったんだろ。オレんち来いよ」 「おまえ、バカだろう」 どこの世界に仕事を終えた暗殺者を家に呼ぶバカがいる。 「いいじゃん。親父がきっと飯作って待ってる。な」 肩を抱いてくる腕は振り解けない強さを持っていた。どこか壊れたような山本の底が見えない言動にスクアーロは怪訝に思いながらも黙ってタンデム・シートに跨った。幾度かエンジンを唸らせた後、前触れも無く走り出す。ノーヘルのスクアーロは雨粒が痛いな、と山本の背中に顔を押しつけた。しがみつく体は見た目以上に細い。なのに、一度は自分を跪かせた男だった。あれから数年。まだ先が見えないぐらい剣筋は良くなっている。自分も壊れている部分があると自覚している。しかし、この東洋の男は自分以上に壊れている部分があって、それはボンゴレ10代目だからこそ抑えられているのではないか、そして、それがこの男の剣筋を上達させるものじゃないかと、思い量った。 |