愛かもしれない



彼女はランボがイタリアに戻ってすぐボヴィーノのボスがつけてくれた教育係だった。マンマ代わりに幼いランボにありったけの愛情を注いでくれた。彼女がファミリーの掟に逆らったときには、置いていかれた、と何日も泣き叫んだ。一緒に逃げればランボも確実にヒットマンに狙われるからだ、という理由に気付いたのはずいぶん後になってからだった。
17枚のチームの旗がはためく市庁舎の前のカンボ広場はすでに群集があふれて怒号が渦巻いていた。広場周りの全ての建物の窓から人が落ちんばかりに鈴なりになり、爆竹を鳴らしている。シエナ人の魂といわれる通りの熱狂ぶりだ。ファンファーレに混じり、鐘が鳴り太鼓が打ち鳴らされる。ランボは出店の軒先でアイスピックをかすめ取り、彼女の出身コントラーダ・貝殻の旗が多くひしめく群集に近寄る。
先週のせだる暑さの中で出会った、蜃気楼のように笑う彼女の姿が脳裏に蘇る。ひときわ高いファンファーレが鳴り響き、コントラーダが始まった。たった1分半の競技のために、広場中の人が大地を踏み鳴らし、歓声をあげる。ランボは冷静に人ごみをかきわけ彼女をみつけた。周りの騒音も人影も消える。ゆっくりと彼女に近づき、彼女の左後方からアイスピックを突き刺した。肋骨の隙間から心臓にたどりつく。ランボはその肉を食む感触を体中で受けた。細くて長いアイスピックは彼女の体から引き出しても血の一滴もついてこなかった。痛みはあったはずだが、そこまで酷くないことを祈り、そっと耳元に囁いた。
「ありがとうお母さん。いつまでも愛しています」
彼女も前を向いたままランボの腕を掴み「ありがとう」と呟いた。

群集の波に流されるままランボは広場を押し出された。アイスピックを元の店に返す。気付かずに店員がすぐに手に取り氷を割り始める。それを横目で確認して後にした。

リボーンにああ言われたもののランボは結局部屋に戻ってきた。
リボーンは何も言わず、窓際のソファに長い足を組んで座っていた。その足元に座りこむ。張り詰めた緊張の糸が切れた。わめくでもなく、泣くでもなく、感情は全く動かなかった。成功した達成感があるわけもなく。
「呼吸しろ。死ぬ気か?」
歩いている間は無意識にしていた呼吸も、座り込むことで無意識に止めていた。「…ふぅ」と口を開けて言われたとおりに呼吸をする。徐々に強張っていた体の力が抜けて、冷蔵庫まで這っていきミネラルウォーターを飲んだ。途端に吐き気を覚えてシンクによじのぼって吐いた。 蛇口の硬い感触に、彼女の心臓につきたてたアイスピックの感触が思い出され、手を離した。体を支えるためにシンクに手をついても掴みきれなかった。「おい、アホ牛」というリボーンの声を遠くに聞きながらランボはゆっくりと倒れた。






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