Medicina e veleno



「獄寺くん、お邪魔してもいい?」
「じゅ…10代目!」
控え目なノックの後、返事を待ってから顔を覗かせたのは、穏やかな笑みを浮かべたボンゴレファミリー十代目だった。
敬愛するボスの思わぬ訪問に、獄寺はベッドの上で居ずまいを正し、ひたすら恐縮する。
「こんな格好ですみません」
「何言っているの。手のギブス取れたんだってね」
「はい!」
綱吉がベッドの横にある椅子に腰かけると、獄寺は漸く笑顔を見せた。

一ヶ月程前、獄寺はとあるファミリーに誘拐されるという事件にあった。拷問を受け足の指に酷い怪我を負い、さらに両肩を脱臼していた。薬も使われたこともあり内臓も酷く痛め付けられ、暫くは意識が戻らなかったのだ。幸いどの怪我も後遺症の恐れはなく、現在はボンゴレの屋敷内にて療養中なのである。
「怪我の具合はどう?」
「やっと手が自由になりましたから、徐々にリハビリを始めたところです」
「そっか」
脱臼していた両肩を固定するため、獄寺の両腕はつい最近までギブスがはまっていた。当初、包帯の間から僅かに見えている肌にはいくつもの点滴の管が繋がれていたが、現在はそれも一つになっている。綱吉の元には、逐一治療報告書が上がって来ているのだが、やはり実際に見るまでは安心する事が出来なかった。
しばらく談笑していた綱吉が部屋を見渡すと、すみに置かれた車椅子が目に止まった。
「そういや車椅子での散歩が許可されたんだよね?」
「あ…はい。二時間程ですが…」
それまでと違い歯切れの悪くなった獄寺に、綱吉はおや?と視線を戻す。
「どうしたの?」
「いえ…まだ点滴が必要なのと、両腕の筋肉が衰えているので、介助が必要なんですよ」
「うん」
そりゃそうだろう。車椅子を自分で動かすなんて、普通に生活するより腕力がいりそうだ。
綱吉の返事に、獄寺は悔しそうに目を伏せた。
「それをいいことに…あのバカが…」
「あー…」
綱吉は何となく納得して、苦笑いを浮かべた。
獄寺が負傷してから、山本は僅かな空き時間を見つけては病室に顔を出していた。勿論邸内には看護師も常駐しているのだが、医学的な処置以外は全て山本が世話をしていた。当初は見ていて痛々しくなるほど献身的だったのだが、大分回復してきた最近では余計なちょっかいが増えたのだろう。
――そういえば、このところの山本はかなり機嫌がよかったなー。
綱吉は思わず獄寺に同情してしまった。
「えーっと、獄寺くん。今日の散歩は?」
「はい?仕事が長引いているようで、まだですが」
それを聞いて、綱吉は悪戯に成功した子供のような笑顔を浮かべた。
「じゃあさ、オレと散歩行かない?」
綱吉は立ち上がり部屋の隅から車椅子を押してくる。
「じゅ…10代目?」
「点滴はここにぶら下げればいいの?これは…膝掛けだよね」
「あのっ」
「どうやって乗せたらいいのかなぁ…獄寺くん教えてよ」
「そそそんな訳にはいきません!」
しばらくそんな押し問答を繰り返していたが、綱吉の必殺技「獄寺くん、お願い」の一言に結局獄寺が折れた。
まず車椅子をベッドに対して斜めに置き、獄寺の身体を起こしてベッドに腰掛けさせる。次に綱吉はその正面に立って両膝で獄寺の足を挟むと、その腰に両手を回した。獄寺の顎を綱吉の肩にのせ、脱臼していた肩に負担をかけないようにしてゆっくりと抱え上げる。
身長こそ獄寺の方が高いが療養中で体重が落ちているらしく、さほど苦労することもなく綱吉は獄寺を車椅子に乗せることができた。
「よかったー。上手くいったね…って、獄寺くん、大丈夫?」
車椅子に座った獄寺の表情は何故か強張り、目を見開いている。
「どこか痛かった?」
気遣わしげに顔を覗きこむ綱吉に、獄寺は勢い良く首を左右に振った。
「き…緊張…して」
固まってしまった顔の筋肉を何とか動かして、獄寺は笑顔を作った。

部屋を出た綱吉と獄寺が向かったのは、散歩でよく行くという南側の大温室だった。全面ガラス張りの建物の中には、季節を問わず様々な花が咲き乱れていた。ちょっとした東屋などもあり、お誂え向きの散歩コースだ。
入り口の扉を開くと、温かい空気とともに甘い花の香りが漂ってくる。
「わあ、凄いね!」
綱吉が感嘆の声を上げた瞬間を狙ったように、携帯電話の呼び出し音が鳴り響いた。
「ちょっとごめんね」と断りを入れてから電話を取った綱吉は、しばらく話してから困った顔で電話を切った。
「急用以外は呼ばないって言っていたのに…」
「あ、10代目。オレのことは大丈夫ですから、行ってください」
「うん…ごめんね。ちゃんと部屋まで送りたかったのに」
「構いません!」
じゃあせめて…と温室の中に入り、東屋の手前にあるガーデンテーブルの所まで獄寺を連れて行った。段差のある東屋には入らず、いつもここでしばらく過ごすらしい。
一緒に持ってきた読みかけの本をテーブルに置くと、綱吉はもう一度獄寺に謝った。
「山本がもう少しで来られるみたいだから、それまで待っててね。途中でお茶でも頼んでおくからさ」
「10代目!本当にありがとうございます!」
獄寺が勢い良く頭を下げようとするのを、綱吉はしばらくの間必死で押し止めなければならなかった。






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