Medicina e veleno 綱吉の姿が見えなくなるまで笑顔で見送ると、獄寺は残念そうにため息をついた。 しばらくボンヤリとしていたが、気をとりなおしてテーブルの上に置いた本を取ろうと手を伸ばす。 「…ちっ」 しかし、獄寺の指はわずかに本に届かず、その手前のテーブルに触れただけだった。リハビリを始めたばかりの腕は痛むばかりで思うように伸ばせず、その数センチの距離が今の獄寺には遠い。まだ力の戻らない腕では、車椅子を動かすことは出来なかった。身体を揺らしてわずかに動いたとしても、すぐに反動で戻ってしまう。 「…くそっ」 ――情けねぇ…一人だとまだ何もできねーなんて。 獄寺は眉間に思い切り皺を寄せて本を睨み付ける。情けなさと痛みで、目の奥が熱くなってくる。まだ無理に動かしてはいけないと注意されていたが、悔しくてそれでも腕を伸ばしていた。 「君、何をやっているの?」 気配を全く感じさせず正面からかけられた声に、獄寺の動きが止まる。すらりとした白い指が動かした本が指に当たっても、獄寺は驚きのあまり固まったままだった。 その声は、普段全くボンゴレ本部に寄り付かない幹部のもので、獄寺はギクシャクと目の前の人物を見上げた。 「…雲雀?」 「自分を壊したいの?それならいつでも咬み殺してあげるけど」 見下ろす切れ長の黒い瞳は、感情を見せない。口を固くひき結んだその表情は、獄寺には何故か呆れているように見えた。 「おま…なんで、ここにいるんだよ」 「幹部の一人が動けなくなって、しばらくの間留まるように赤ん坊に言われたから」 雲雀の赤い唇が微かに引き上げられる。 「仕方なくね」 「…オレのせいかよ」 改めて自分の不甲斐なさを指摘されたようで、獄寺は唇を強く噛んで思わず俯いた。眉根を寄せ、苦しげに表情を歪める獄寺を眺めて、雲雀はごく小さく溜め息をつく。 「全く、敵に捕まるなんてとんだマヌケだね」 雲雀の辛辣な言葉に、獄寺は表情を歪めるだけだった。 「そんな怪我までして」 「…」 「だいたい君は、注意力が散漫」 「…う」 「一つの事に気を取られ過ぎだ」 「うるせぇっ!」 雲雀の言葉を遮るように、獄寺の怒声が響き渡った。 「そんなこと、お前に言われなくても…」 顔を上げてさらに続けようとした言葉は、何故か途中で途切れた。雲雀を睨み付けようとした視線は、意外なものをみて凍り付いたように固まった。 雲雀は目を細めて、唇の両端を上げていた。 ――わらって、いる? 驚愕のあまり動けなくなった獄寺を楽しそうに眺めると、雲雀はその白い指を獄寺の頬に伸ばした。柔らかく撫でられきつく目を閉じた獄寺は、その直後に頭からいきなり何かを被せられた。 「わっ!?」 思うように動かない腕でなんとかそれを取ると、雲雀が温室の窓を開け放つところだった。暖かい空気に、一瞬にして外気が混じる。雲雀の背中で白いシャツが風を孕んで膨らんだ。 「お、おいっ!」 獄寺の手に残されたのは、その細いシルエットの黒いジャケット。 「君はそのくらい喚いていないと楽しみがない」 雲雀は窓枠に手をかける。 「牙を研いで、早く戻っておいで」 獄寺にもう一度声をかける間も与えず、雲雀は窓の外へと消えた。 |