Medicina e veleno 雲雀の消えた窓を呆然と眺めていた獄寺は、遠くから聞こえた扉を開く音に我に返った。 温室特有の温く柔らかい空気は、外気にすっかり流されてしまった。寒い季節でもないのに、獄寺は思わず手にしている雲雀のジャケットをたぐりよせる。 ――いや、何か寒気がする。背中を冷たい手に撫でられたような… その感覚に、獄寺は何故か身に覚えがあった。これはそう遠くない過去。 ――まさか。 「お茶をお持ちしました」 背後からかけられた低く艶やかな声には聞き覚えがある。 右側に回り込んで来た影を見上げ、獄寺は顔を強ばらせた。 「骸…てめ、まだっ」 「貴方が怪我をしたと聞いて、わざわざお見舞いに来たんですよ」 「だからお前まだ出られてないはずだろ!」 「ええ、まだですよ。だからちょっと大変でした。感謝してほしいものです」 「いやちっとも頼んでねぇ!」 「クロームがせっかく淹れてくれたお茶ですから、飲んで下さい」 「ぐ…」 言いかけた文句を飲み込み、獄寺は黙りこむ。睨むようにしながらも、骸が丁寧にお茶の準備をするのを眺めた。 「…相変わらずですね」 「るせぇ」 この屋敷では、お茶を頼むと大抵は紅茶を用意されるのだが、今日は違うようだ。縁の薄い白磁は、木製の受け皿にのせられている。その見事な螺鈿細工の茶托は、しっとりとした木地の黒檀だ。同じ白磁の急須をかたむけると、辺りに爽やかな香りが立った。 「玉露です。低い温度で淹れるお茶ですが、気をつけて下さい」 獄寺の前に茶托を置くと、骸はテーブルを離れて雲雀が開け放していった窓を閉めた。 「…美味しい」 「どういたしまして」 「お前に言ったんじゃねぇよ」 再びテーブルに戻ってきた骸は、クツクツと笑っていた。 「わかっていますよ」 獄寺はそれ以上会話を続けることはせず、苦虫を潰したような顔で手にした湯呑みに口をつけた。 ――カチャ 入り口の方から再び扉の開く音が聞こえた。 「誰か来ましたね」 「ああ…多分山本だろ」 「そうですか」 その時、骸の口許に浮かんだ笑みに、獄寺は非常に悪い予感がした。こちらを満面の笑みで向いた彼から、ひきつりながら身を捩って逃げようとする。 「彼が来たなら、そろそろ僕はお暇します」 「骸っ…」 咄嗟に大声を出そうとした獄寺の顎を捉えると、骸はその唇に親指を這わせる。硬直してしまった獄寺は、骸の花のような微笑みを真っ正面から見る羽目になった。 「早く良くなって下さいね…隼人」 ――ガシャン 衝撃のあまり真っ白になっている獄寺の額に唇を押し当てると、楽しんでいるとしか思えない笑い声を響かせながら、すうっとその姿を消した。 |